ミーナの行進

knockeye2009-11-27

ミーナの行進 (中公文庫)

ミーナの行進 (中公文庫)

しばらくぶりに小川洋子を読んだ。
あいかわらずの巧者ぶりに、このままこの手に乗せられていていいのかなと思いつつ読み進んだけれど、さすがに、巧さだけで筆を運ぶようなちゃちな真似はしない。
はじめは記号的に感じられるほど典型的な混血の美少女‘ミーナ’が、読んでいるうちに身近に感じられるようになり、姿が思い描けるようになり、そして、いつのまにか、見知らぬ大人の女性になって、物語の外へ去っていく。そういう感じが実に見事だと思った。
人にとって‘過去’とはどういうものであるべきなのか、とか考えさせられた。
今を前向きに生きている人と、現実に向き合わずに後ろを向いて生きている人では、心の中に抱いている過去がまるで違うのではないかと、そんな風に思った。
70年代の芦屋を舞台にした懐古的なメルヘンを、この作者は描きたかったわけではないと思うし、現にこの本は、それにはとどまらない奥行きをもっている。
もう忘れてしまっているかもしれない大切な思い出が、きっと今の私たちの足許を照らしている。この本はそういうことを思い出させそうにしてくれる。
博士の愛した数式』以降、小川洋子はこの骨太さを手に入れたという気がする。