「幕末太陽傳」デジタル修復版

knockeye2012-01-23


 昨日も書いたとおり、あのあと横浜ニューテアトルで「幕末太陽傳」を観た。それとも、書いてなかったっけ?
 日活は、創立100年の記念事業にこの映画を選んだ。
 この映画については、若いころに小林信彦の『日本の喜劇人』で読んで以来ずっと気にかかってきた。ただ、ご存じの通り、小林信彦という人は‘ひいきの引き倒し’というところがある人なので、その名調子にうっかり乗せられるのもシャクだし。
 しかし、見終わった感想としては、「これは、日本映画史上屈指の名作だわ」と、私のつたない表現力ではそう言うしかない。
 これは日本映画史上屈指の名作だ。
 しかも、名作意識、巨匠意識、名優意識、そんな自意識の臭みが一切ない。
 川島雄三監督39歳、主演のフランキー堺28歳。映画の居残り佐平次とおなじように、映画の世界を駆け抜けてゆく、夢はまだ始まったばかりで、ちんけな自意識にわずらわされている暇もなかったはずだ。構図にも編集にも迷いがない。
 それは、石原裕次郎小林旭南田洋子左幸子二谷英明岡田真澄西村晃小沢昭一殿山泰司菅井きん山岡久乃金子信雄などなど、今にして思えばそうそうたる出演者にも共通している。みんな若々しい。
 そして、品川遊郭のセットを作った大道具、小道具、衣装、照明、撮影など、表に出ないスタッフの圧倒的なスキルの高さ。江戸時代の浮世絵を、無名の彫り師、刷り師たちが支えたように、スタッフの技量が、この時代の映画の水準を底上げしている。
 シナリオのベースとなった「居残り佐平次」をはじめ、「品川心中」、「付け馬」、「三枚起請」「お見立て」など、落語の世界がそのまま映像化されたよう。
 まるで、喜多川歌麿の浮世絵「青楼十二時」から抜け出してきたかのような、南田洋子左幸子のあだっぽさ、所作の艶っぽさ。
 女優陣に限らず、役者たちの身のこなし、着物の着こなし、裾さばき、台詞回しの粋なこと。
 たぶん、『日本の喜劇人』を読んでいなかったら、フランキー堺の、あの、‘羽織のまといかた’のみごとさを見落としたかもしれない。映画中、二度ほど披露すると思うが、フランキー堺は、羽織を空中に放り上げて、落ちてくるところをふわりと袖を通す。さりげなくやっているのでなんでもなく見えるが、あれは滅多にできやしないそうだ。
  風俗考証は木村荘八だし、美術の千葉一彦は、のちに大阪万博のテーマ展示プロデューサーとして、「丹下健三岡本太郎の間を取りもち、太陽の塔の制作に携わった」と、パンフレットにある。まさに奇跡の出会いだ。
 「今観ても色あせていない」などというレベルではない。一体誰が今これほどの映画を作れますか?
 どうしても味気ない人生を生きたいという人以外にはぜひお薦めしたい。