『大冒険』『人も歩けば』『三等重役』『名探偵アジャパー氏』

 あのあと読んだ記事によると石井裕也監督は『茜色に焼かれる』をたった1ヶ月ちょっとで撮り切ったそうだ。スティーブン・スピルバーグ史上最速と言われている『ペンタゴン・ペーパーズ』でも半年かかってる。しかも、あれは脚本が先にあったのに対して、石井裕也監督は脚本からオリジナルだから、そのスピード感にクラクラする。
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 で、話はまたシネマヴェーラの「小林信彦プレゼンツ これがニッポンの喜劇人だ!」なんだけれども、あれから『大冒険』、『人も歩けば』、『名探偵アジャパー氏』、『三等重役』を観た。

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『大冒険』

 『大冒険』は、クレージーキャッツ結成10周年記念映画。クレジットされていないものの、小林信彦がシナリオのアレンジとギャグのアイデアで参加したそうだ。円谷プロが特撮を担当した大活劇で、この映画の植木等は、いま新宿武蔵野館で特集上映されているジャン=ポール・ベルモンドを思いださせる。スタントを使わず、映画史上初のワイヤーアクションだったという説もあるとか。
 ニセ札をめぐって、警察、謎のテロ組織、新聞記者と発明家の植木等谷啓コンビが三つ巴の追跡劇をくりひろげる。東京を起点に神戸へ、そして、最後には日本を飛び出す。途中では、蒸気機関車を農耕馬に乗った植木等が追いかけるっていう、西部劇リスペクトがはいったり、ビルから落っこちそうになるシーンはたぶん、ハロルド・ロイドへのオマージュなのかも。最後にネオナチにつかまって処刑されそうになるときの軽妙な会話なんて、ジャン=ポール・ベルモンドルパン三世のモデルと言われているけど、植木等のC調な感じも負けてないなと。根っからのスター性がないと出せない感じだと思った。「あ、ヒトラーだ。僕らの少年時代のヒーローだ!」とか、ほかの人が言えば笑えないと思う。谷啓の天然ぶりもすごくよかった。ルックスは爆笑問題の田中さんじゃんとか。

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『三等重役』『人も歩けば』

『人も歩けば』は、『とんかつ一代』を観てますますファンになった川島雄三監督作品。語り口がガラリと変わって、アバンタイトルというそうだけど、プロローグのナレーションがすごく長い。そこで映画のトーンが作られている。しかも、あとから思い起こすと、というか、映画の後半にもう一度そこにもどるのだけれども、ちゃんとそこに種明かしというか、推理小説でいう「フェア」な描き方がされていたということに気が付く。見巧者が見れば、最初からオチに気が付いたのかも。
 ただ、そういう長いアバンタイトルがあるってこと自体、最後に落としますよっていう予告でもあるわけで、『幕末太陽傳』で、最後にセットを抜け出し、撮影所を抜け出し、現代の品川へと、主人公を走りださせようとしたっていう発想とは真逆の方向性で、その多彩さというか実験精神というか、そういう部分を楽しめた。
 それから、現時点の視点でいうと、ロケが多い分、当時の風俗に興味をひかれざるえない。ベッドハウスが何なのかがよくわからない。カプセルホテルみたいなものなのかしらん。その主人の加東大介が、なぜかロシア風のいでたちでサモワールなんかを洗ってるのが妙にリアルに感じられた。ロシア風のいでたちをしているかぎり文学青年くずれにちがいないから。
 銭湯の三助というのが名称こそ聞いたことがあるものの、どういうことなのかよくわからない。だって、行方をくらましているフランキー堺をさがして、女湯をのぞいてしまった学生に対して「キャーッ」とか騒いでる女湯の客たちが、三助をしているフランキー堺が女湯にはいってきても平気な顔をしているのがよくわからない。どういうシステム?。
 桂小金治のスクーターも興味深かった。おしゃれだわ。メーカーがわからなかったが、ラビットかな。
 淡路恵子のスタイルの良さには相変わらず目を惹かれた。『駅前旅館』みたいなシャワーシーンはないものの、着物姿がまさに「シュッ」としている。しかも強い感じ。ああいう強さを感じさせる女優が今思いつかないのはなんか変な感じ。あえてあげれば篠原ゆき子、萩原みのり、平手友梨奈とかだろうか。でも、玄人感がないんだよな。
 『三等重役』は、源氏鶏太の小説が原作で、脚本の山本嘉次郎黒澤明の師匠。だからどうしたったことはないが、「笑わせるぞー」と手ぐすね引いている感じはない。なりゆきで社長になったサラリーマン経営者が普通になっていく、一億総中流時代の幕開けを感じさせる、今となっては涙なくしては見られない映画かもしれない。
 パージされていた前社長が、追放処分を解かれて復帰するというニュースから映画が始まる。しかし、その社長は復帰寸前に病に倒れる。追放処分ということは、かれは戦争協力者だったわけで、その設定のうまさは、自分自身の手で戦争を総括できなかったままで、なんとなく戦争の影がうすらいでいく世相が反映されている。
 それから、バブル崩壊まで、ほぼ二十世紀いっぱいを日本社会は企業社会を屋台骨にしてきた。そこには、何となく戦争を忌避し、何となく民主的な、そして何となく平等な社会ができあがっていた。その感じがよく伝わる。その社会をもし理想とするにせよ、変革しようとするにせよ、その社会についてよく知るべきなんだろう。その意味では、この映画はその社会の全体像についてのよき教材でありうる。
 森繁久彌はこの映画でスターダムにのし上がるきっかけをつかんだそうだ。『夫婦善哉』なんかがそうなのかなと思っていたけど、あれは、コメディアンから映画俳優へと脱皮した作品で、喜劇映画俳優としての評価はこの作品で獲得したのだそうだ。続く「社長シリーズ」のエピソード1。

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『名探偵アジャパー氏』

 『名探偵アジャパー氏』はもともと『死刑囚とへぼ探偵』というタイトルだったみたい。そのふたつのポスターがロビーに展示されていた。伴淳三郎の「アジャパー」がそうとうな流行語だったのだろうと推測される。でも、映画はそういうことにひっぱられることなく、伴淳三郎一人二役のとりちがい喜劇としてうまく物語をひっぱっていく。
 マルクス兄弟の『吾輩はカモである』で有名な鏡のシーンのパクリシーンがあった。在りし日の志村けん沢田研二なんかとよくやっていた。

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これはでも、一人二役でやっちゃだめじゃん。ちがうふたりがやるから意味があるので。でも。リテラシーの豊富さはうかがい知れる。