関西の話いくつか

knockeye2012-05-04

 実際の日付はすでにこの1週間ほど後。小椋佳ではないけれど、時がぼくらを追い越していくわけ。
 っつうか忙しい。派遣社員を入れたけれど2週間でやめてしまった。まあ、上司と「どうやって辞めさせようか」と相談していたところだったので、なんか、こくってもないブスにふられたみたいな。
 だって、その派遣社員、エプロンを自分で結べなくて、初日は私が結んでやったのである。エプロンが結べない39歳男子。気の利いた幼稚園児なら自分で結べるだろっちゅうに。
 もちろん、そういう人なので、わずか2週間にもかかわらず、それ以外にも怒濤のエピソードを遺してくれたわけだが、まあそれはいいとして、そういう人ももちろんいるということ。それが当然なのである。前に書いたかどうか、私が過去に出会ったある派遣社員は、‘四捨五入’という言葉を知らなかった。
 おそらく、高度成長期には、そういう人たちも企業が社員として吸収してきたのだろう。それが今はできなくなった。しかし、その方が正常ではないかと思う。ある種の人たちが、そういうことをさして「格差社会」と言っているのだが、私の考えでは、話はむしろ真逆で、そういう人たちすら企業の社員であるしかなかった、画一化された社会の方が、やはり異常だったと思う。別に四捨五入なんて知らなくても生きていける。企業社会に属さなければ。
 さて、閑話休題とでもいって話を進めるしかないのだが、帰省するとつい行ってしまうのが垂水のアウトレットパーク。なんか関西でしか手に入らない服があるような気がして(たぶんそれは幻想)、つい、‘渋めに決めた日の池乃めだか’みたいな服に手を出してしまう。
 自分でも不思議だけれど、関西にはどこか自由な空気の軽さを感じる。渋谷とか表参道とか、あれだけ人がいっぱいいて、てんでに好きな事をしているように見えるが、それでも自由な感じはしない。関西の方が人が粒だって見える。まあ、感じっていうだけのことだけど。
 今年は大河ドラマ平清盛ということで、視聴率は気の毒なことになっているようだし、テレビはまったく見なくなってしまったので、関係ないのだけれど、ただ、フーケの清盛シューラスクは美味い。

 神戸のおみやげにはおすすめ。
 両親と太陽公園てふところに行った。これがいい意味で意味不明で、なぜか兵馬俑のレプリカが発掘当時を再現して置いてある。


 福祉施設の一貫でもあるらしいが、これはこれで面白い。万里の長城とかも再現しているらしい。
 面白くないのはこういうの↓

 この看板自体が粗大ゴミ。何の意味がある?これ一つ作るにも税金が使われて、しかも、税金を使ったていで誰かのふところに納まっている。
 最後にこれ。↓

 厚生年金を使って民業圧迫しています。
 かんぽの宿をめぐって鳩山邦夫をあがめ奉った連中はいまどうしてるかな。