「クレージーホース・パリ」

knockeye2012-07-14

 14日はTOHOシネマズデーだった。今にして思えば、1日が日曜日なら14日は土曜なので、1日に、「きっとここが帰る場所」と「クレージーホース・パリ」を観て、14日に「ラム・ダイアリー」を観ればよかった。
 別に嘆くほどのことじゃないんだけど、ただ、かならずしも「風が吹けば桶屋が儲かる」理論とまでいえないのは、もし、1日に「クレージーホース・パリ」を観ていたら、今日はまず、同じ渋谷でも、ヒューマントラストシネマの「グラッフリーター刀牙」を観にいったはずなのである。なにしろ、土曜日はまだ、平日のバイオリズムを引きずっているので、朝10時半前には渋谷にいたわけで、11時半開演の「グラッフリーター刀牙」にも全然間に合ったのだけれど、逆に持てあますかなと思って、11時開演の「クレージーホース・パリ」を先にしたわけ。
 「クレージーホース・パリ」を観た後、ヒューマントラストシネマに行くと、なんと、「グラッフリーター刀牙」まさかの満席。カウンターで二度ぎきしてしまった。
「満席ですか?『グラッフリーター刀牙』ですよ?」
 まあ、初日で舞台挨拶があったのでしかたなかった。そういえば、映画館に向かうエレベーターに、AKB48のなんとかとなんとかいうのが、ひっついたとか離れたとか、でかい声で話してる業界臭いのがいた。よく見たら映画の公式サイトに告知があった。'生'ケンドー・コバヤシはどうでもよかったけど、'生'吉木りさを見逃したな。
 「クレージーホース・パリ」は、ネオバーレスクという位置づけで観た。ストリップとしての歴史ある舞台なんだろうけれど、今はむしろ、男たちにとってというより、女たちにとってのあこがれの舞台に変貌をとげている。
 こういう文化の存在を知ると、「さすらいの女神たち」のあの感じがわかりやすくなる。つまり、「クレージーホース・パリ」のような存在をひとつの頂点として、その裾野に「さすらいの女神たち」のような巡回バーレスクダンサーたちがいるわけだろう。
 個人的に面白かった瑣事は、衣装を担当している女性の私服がなぜかセーラー服だったことと、なぜかロシア語(と思ったけど)の長台詞がでてくること。途中に挟みこまれるバレエNG場面集みたいのもロシア語のタイトルだった。
 オーディションの説明のときに
「みんなフランス語わかる?」
とか。
「このなかで何人ロシア人なんだ?」
「あのイタリアの娘、落とすの?」
とか。
 そういう全ヨーロッパ的な感じが面白いなと思ったし、一人くらい東洋人がいてもいいのになと、妙なところでナショナリズムがうずいてしまった。
 ちょっとどうなんだろうと思ったのは、カメラが寄りすぎ。ぶっちゃけ、尻に寄りすぎ。もうちょっと、舞台全体とか店の雰囲気とかの引きの画面があってしかるべきかと思った。
 ついでに書いておくが、「バーレスク」は、観るべきだったかなとちょっと後悔している。