「ミリキタニの猫《特別編》」

knockeye2016-09-03

 「ミリキタニの猫」を「見逃しちゃったなぁ」と思ってたのは、ついこないだと思ってたんだけど、もう10年経っていたらしい。いま、なんと10年ぶりに、渋谷のユーロスペースで「ミリキタニの猫」が、《特別編》とともに再映されている。
 ミリキタニてふ、老いたる路上生活者にして画家のこの日本人が何者なのか、そういう訳で、予備知識なしで観たのだが、まったくの偶然、昨日書いた「二つの祖国で」とシンクロしていた。しかも、驚くことに、9.11のアメリカの同時多発テロともリンクしていた。
 これを監督したリンダ・ハッテンドーフていう人がすごくチャーミングな女性で、偶然、ミリキタニの絵を見かけて、彼を撮影することになった。か、撮影することを条件に、絵をもらったのかな。
 とにかく、なんとなく交友が始まったんだけど、そうこうするうちに同時多発テロが起きるんだ。だから、それもカメラに収めることになった。あの貿易センタービルが崩れ落ちた後しばらくは、粉塵が危険だった。ミリキタニの身体を心配して、リンダさんは自宅に彼を泊めてあげるんだ。
 日本じゃちょっとないでしょ。ここまでの流れを、もし、シナリオに書けるライターがいたら、大したもんだ。リンダさんちのテレビで、ミリキタニさんは反イスラム感情が沸き起こるのを見てる。すごいシーンでしょ。
 ふたりの奇妙な共同生活もすごく魅力的、リンダさんが遅く帰ったのに文句言ったり。で、この先はもっとすごくて、強制収容所の話、生き別れた家族の話(ミリキタニという珍しい苗字が役に立った)、市民権の回復という、ほとんど大河ドラマみたいな展開になっちゃうんだけど、そのために動いてくれてるのは、カメラの後ろ側にいるリンダさんで、普通の映画なら、カメラの前で起こるようなことはほとんどカメラの後ろ側のリンダさんの声だけ。その間、ミリキタニさんは何してるかというと、ひたすら絵を描いてる。リンダさんに「え?もうインクがなくなったの?」とか言われてるの。この時すでに81歳なんです。
 絵はすごくいいと思う。そもそも若い時に画家を目指して帰米したんだ。《特別編》で、若い時の絵が見つかるんだけど、水墨画の基本はすでにできている。それでも、80代に路上で描いている絵の方がよい。
 今度、10月21日〜11月12日まで、馬喰町ART+EATていうところで、展覧会があるそうなので、観てみたら。
 ミリキタニさんは、路上で生活してる時から、プライドがあるからだろうか、スッゴイおしゃれ、カッコいい。あの服はどこから引っ張り出して着てるんだろうと不思議に思った。赤いベレー帽がいつのまにか服にあわせてツイードのキャップになってるし。
 そして自由だわ。ジミー・ミリキタニはぶっ飛んでるけど、リンダさんもすごいと思う。ヴィヴィアン・マイヤーを発見したジョン・マルーフもそうだけど、こうしたアマチュアリズムが、健全な形で政治や文化に直結してるんですよ、アメリカという国は。
 日本だとこうはいかない。出る杭は打たれるのを知ってるから、ゴール前でパス回しちゃう。だから、ミリキタニみたいにオシャレなホームレスなんて存在しない。
 80過ぎて巡ってきたチャンスにホームラン打てるって、やっぱり、いくら打たれても平気で出る杭を貫いてきたからじゃない?。第二次大戦中に市民権を剥奪されたまま生きてきたのにね。