『おもかげ』ネタバレあり

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おもかげ

 ロドリゴ・ソロゴイェン監督・脚本『おもかげ』の冒頭の部分は、同じ監督の『madre(母)』という短編作品ほぼそのままだそうだ。各国の賞を総なめにした短編だそうで、そのせいか冒頭だけで一気に引き込まれる。
 別れた元旦那と一緒にいるはずの6歳の息子から電話がかかってくる。何でもないような電話が、だんだんまずい状況だと分かってくる。フランスとスペインの国境辺りの海岸で、子供がひとりで取り残されている。携帯電話が普及したがゆえの恐ろしさで、今まさに命が危険にさらされている我が子の声を聞きながらどうすることもできない。
 後半にあたる部分は、その10年後が描かれる。女は、海辺のリゾートにあるカフェで雇われ店長をしている。ある日、そこで行方不明になった子供のおもかげがある少年に出会って、話をするようになる。
 後半は、前半の緊迫感に比べてゆったりしたペースですすむ。10年で、この女性は立ち直ったのか、あるいは立ち直りつつあるのか、それとも、死んだように生きているのか、観客はそんな興味で彼女を追い続けることになる。
 前半の『madre』の部分が最高のフリになっていることは監督もわかっているわけで、それをどう裏切ったり、期待に応えたりしながら、観客を引っ張っていくかっていうあたりの焦らし方がなかなか心にくい。
 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』って名作がありましたでしょう。ケイシー・アフレックアカデミー賞主演男優賞を受賞した。自分の過失で娘を死なせてしまった主人公が、自分はそれを乗り越えられないと諦めることで折り合いをつける。
 『おもかげ』の主人公は、乗り越えて生きていくことにしたと思うのです。あるレストランで、主人公がスペイン語で話しているので油断したのか、近くのテーブルの客がフランス語で、「ほら、息子が失踪した時、そばにいられなくて、キチガイみたいになってた女だよ」と、ウワサするのが聞こえてしまう。映画で描かれていない10年間が顔を見せる一瞬でした。
 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の主人公のように、乗り越えられなくてもしかたないのではないかと誰もが思う。
 ところが、この女性は、ちょっと意外なかたちで、前に進むことを選ぶ。女性の生命力がたくましくて眩しいと思ったし、ある意味では残酷だと思いもしたし、しかし、前に進むってことは、結局、立ち向かうってことなんだし、強くなるってことを選んだこの女性の選択について、映画もいっさい説明的なことはしない。そういう小気味良ささもあったし、説明とかはできない微妙な機微、というより、「機微」なんて言葉を寄せ付けない不可解な感情も描いている。