『無頼』観ました

 あつぎのえいがかんkikiに『無頼』を観に行ったら、井筒和幸監督が、フライヤーを置いてるテーブルの前にふつうに立っててビビった。舞台挨拶があるとは知ってたけど、うっかり出くわしたらビビるよ。
 ほんとは木下ほうかさんも来る予定があったそうなんだけど、他の撮影が長引いて来れなくなったそうだった。という電話を誰かがしているのが、たまたま耳に入った。「そんな慌ててとばして事故でも起こったら大変だから…」と言ってました。木下ほうかさんは、『ガキ帝国』デビューなので、ほんとは来たかったんだろうと思います。
 そういうわけで、舞台挨拶は井筒監督ひとりトークになったので大変そうでした。そこは、でもTVでも場数を踏んでる井筒監督なので持ち前のサービス精神を発揮されてました。撮影可だと知ってたらカメラを持っていったんだけど。
 こないだは福岡で舞台挨拶をしたそう。通例なら舞台挨拶は東京と大阪でやれば終わりなんだとか。それが今回は、コロナ禍のご時世もあり、また、ヤクザ映画ってこともあり、大手の映画館が上映してくれないみたいで大変みたい。
 マーティン・スコセッシの『アイリッシュマン』が批判されたって話は聞かないが、Netflixだからか。しかし、ヤクザ映画だからダメとかいう自己検閲が、表現の自由を制限するのはまずい。日本会議系の議員が国旗の損壊を刑法で処罰するために法改正しようとしているらしいが、フランスでは、デモがあると三色旗に火をつけて踏みつけにする、とエマニュエル・トッドが言ってました。彼らは血で血を洗う宗教戦争の末に表現の自由にたどり着いた。国旗損壊が罪だなんて、原爆ふたつも落とされてまだそんな寝言とは、お気楽なものだ。
 映画中映画で『仁義なき戦い』を再現してるのが話題になってる。井筒監督は1973年のお正月に『仁義なき戦い』にであって以来、ずっと頭の片隅にこの映画があったそうです。ずっと不良を描いてきたので、いつかはヤクザを描きたかったと言ってました。そう言われてみると、井筒監督のヤクザ映画はないのですかね。『二代目はクリスチャン』と『ゲロッパ』は、ほなヤクザ映画とは違うか?。
 というまぜっかえしは余計なことで、たしかに、こういうストレートに叙事詩的なヤクザ映画ははじめての試み。終戦直後から現代までを一息に描き切るわけなので、『仁義なき戦い』のようでもあり『フォレスト・ガンプ』のようでもある。
 2001年.9.11、ワールドトレードセンターにアルカイダが突っ込むシーンを、テレビで見ているヤクザたちの不謹慎な面差しが印象的だった。
 あれはいったい何だったんだろうと今更クビを傾げてしまう。ジョージ・W・ブッシュが言った「テロとの戦い」は、当時から胡散臭かった。世界全体がその胡散臭い正義にいやいやながらも付き合った。その後、オバマウサマ・ビン・ラディンを暗殺したんだが、暗殺できるなら、生きて捕まえられただろうし、殺したとしても、せめて遺体くらい公開してもよさそうなものだ。
 ジョージ・W・ブッシュの胡散臭い正義を劣化コピーし続けた結果がQ-anonで、彼らは「USA、USA」と連呼しながら連邦議会に乱入した。愛国者の群れは笑えるね。
 アメリカの愛国者といえば、一昔前のイメージは

f:id:knockeye:20210214181645j:plain
アンドリュー・ワイエス愛国者

こんな感じ。いまは、

f:id:knockeye:20210210005051j:plain
q-anonの愛国者

こんな感じ。
 「正義を語るな、無頼を生きろ」というキャッチコピーは、意外に切実に響いた。実に、正義は語りやすく、無頼は行いがたいってことか。
 松本利夫と柳ゆり菜というキャスティングは、一面EXILE映画でもある。柳ゆり菜はグラビアよりスクリーンの方が映える気がした。
 

【閲覧注意】映画『無頼』本編映像初公開【超過激】