『くじらびと』オススメ

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 石川梵監督の『くじらびと』は、100年に1本出会えるかどうかという名画なんだと思う。おそらくそれは石川梵監督自身がいちばんよくわかっているのだろう。そして、おそらくそれが伝わらないこともまたよく分かっていてそれが非常に悔しいだろうと思う。
 環太平洋の小さな島で、連綿と続いてきた鯨漁の伝統が消えようとしている。その最後の瞬間を、驚くべき迫力の映像で捉えている。
 映画を観た人に「大丈夫だったんですか?」と訊かれるという。実際には舟から落ちているそうだ。3Dでもないのに観ているだけでもシートの上で思わず身をかわした。
 奇跡的なのは、撮影の技術がちょうど間に合ったということもある。つまり、ドローンとGoProの普及によって、舟の下に回り込む鯨の姿がありありと見える。そして、落ちた海中ではGoProとクジラの目が合うのだ。
 ラマファと呼ばれる鯨漁師たちは、鯨の目を見ないようにしているそうだ。目が合うと足がすくむ。「死ぬ時に目を閉じる魚」は鯨だけだと彼らは語っていた。その目を閉じる瞬間もまた石川梵のカメラは捉えている。

 石川梵監督の前作『世界で一番美しい村』は、今でも心に残っている。村全体で行うお葬式がとても印象的だった。
 実は、カメラマン石川梵の東日本大震災の時の写真展「the DAYS after」も見ていたことを思い出した。吉祥寺の美術館だった。

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 その程度のことでファンと名乗るのは烏滸がましいだろうが、それにしても、舞台挨拶があるとあらかじめ知っていたらカメラを持参したところだった。
 あつぎのえいがかんkikiでは、ときどきこういう舞台挨拶にぶつかる。
 マスコミ関係者でもあるまいし舞台挨拶はおまけみたいなものだと思っているので、それを目掛けていく場合はまずなくて、毎回、出会い頭で、カメラを持ってればよかったと悔やむばかりだ。
 特に今回は撮影の裏話が興味深かったので、残せなかったのが残念だ。
 石川梵監督は、本質的にカメラマンなので映像が良い。映像に語らせることができるかどうかは大きい。
 特に、今回の『くじらびと』は、もう二度と撮れないだろう映像満載だが、扱っている題材が鯨漁なので、差別に阻まれて、欧米で評価を得られるかどうかはわからない。
 エーメンという少年が、将来、ラマファになりたいというと、両親が「学校に行ったほうがいい」と、まるで日本人みたいなことを言うのが不思議だった。それは、石川梵監督の話によると、まあこんな小さな村にまで反捕鯨団体が入り込んできていて、捕鯨の妨害をするそうなのだ。彼らは網を与えてこれで魚を取ることを強要するそうなのだが、それでは島は食べていけない。鯨漁を続けていければ食える。そうして生きてきた海洋民の村人に、西洋風の生き方を強要する権利が、なぜあると思い込んでいるのかまったく理解できないが、そういう彼らが、映画の格付けを牛耳っているのが現実には違いない。
 それで、バットマンがジョーカーをやっつけるのを観ては、正義がどうの、悪がどうのとのたまっている。笑わせる。
 死に瀕した鯨が瞑目する瞬間、銛を撃たれた鯨を助けようと泳ぎよる仲間の鯨の巨大な影、鯨に海底に引き込まれて死んだ男の葬儀の、その妻子、その父。
 『世界でいちばん美しい村』の公開が2017年だった。この『くじらびと』の企画は、実はその同じ年から始まっている。しかし、映画の中には1994年というから、Windows95もなく、阪神淡路大震災もまだ起きていない、そんな頃から、石川梵がこの村を取材していた映像がある。
 この映画が可能になったのは、ドローンやGoProといった技術革新だけでなく、石川梵と村人との間で長い時間をかけて築き上げられた信頼関係があってこそのことだとわかる。
 この映画は、とにかく別格であり破格である。こういう映画が評価されない、などということは、万が一にもあるまじきことだと思う。