『愛なのに』、『猫は逃げた』、『白い牛のバラッド』ネタバレあり

 『街の上で』の今泉力哉監督と『アルプススタンドのはしの方』の城定秀夫監督が互いの脚本を交換して監督した2作。
 『愛なのに』が今泉力哉が脚本、城定秀夫監督、『猫は逃げた』が城定秀夫脚本、今泉力哉監督。気をつけてないとどっちがどっちかわからなくなる。
 『愛なのに』も『猫は逃げた』もベッドシーンがありR15指定になっている。同日に『白い牛のバラッド』というイラン映画を観た。イランは『別離』のアスガー・ファルハディ監督が抜群によいし、他にもジャファール・パナヒ、アッバス・キヤロスタミなど映画文化の豊かな国だ。奇しくも今回の『白い牛のバラッド』も『愛なのに』、『猫は逃げた』と同じく婚姻関係のない男女の恋愛を扱っているが、ことセックスの表現においては、日本映画の方が圧倒的だった。改めて、オープンであることの価値について考えさせられた。
 『愛なのに』の瀬戸康史さとうほなみのベッドシーンも、中島歩と向里祐香のベッドシーンも、AVのベッドシーンとはまるで違う。AVで言うところの「抜けない」というのを超えて、笑っちゃったり、何なら物悲しかったりさえする。ベッドシーンにも千差万別の個性がありうるわけ。
 『白い牛のバラッド』には、イスラム教国の映画なので(なのかな?)そもそもベッドシーンなどはなく、そういう関係を示唆するシーンがあるだけ。そういう思わせぶりがばかばかしく見えてしまう。もし、日本でも性表現に厳密な規制があったとしたら、今回みたいな笑えるベッドシーンは撮れなかったと思う。観る側、撮る側、演じる側、すべての意識が違っていたと思う。
 貞節や純潔の価値はそもそも財産分与のためのもので、それ以上でもそれ以下でもない。DNA鑑定などがない時代は、わが子を証明する唯一の証拠といえば純潔と貞節しかなかった。つまり、純潔や貞節は、女を産む道具とする価値観にすぎない。
 にもかかわらず、なぜか宗教も倫理も純潔という価値を無批判に受け入れてきた。セックスを脇に置いて、まるでなかったことのように扱ってきた。親鸞聖人が仏教を大衆化したという意味は、親鸞聖人自身が肉食妻帯したにつきる。その一点において、やはり浄土真宗は他の宗派とはまったく違う。植木等が歌ったように「わかっちゃいるけどやめられない」のだ。
 『愛なのに』の主役が瀬戸康史だったのにはいい面と悪い面がありそうだ。いい面はもちろん瀬戸康史がいい役者さんだということ。そして悪い面は、瀬戸康史はこの主人公にはイケメンすぎないかという点。さとうほなみとのベッドシーンは、たとえば誰だろうな、空気階段の水川かたまり(イケメンではあるが)とか、三四郎小宮浩信とか、中島歩とのコントラストがもっと効いていたほうがよかった気がする。
 瀬戸康史ほどイケメンだと、女子高生の両親が乗り込んできた時のパンチにも欠ける気がする。イケメンだと、母親の「キモいんですけど!」というセリフがいまいち効かない。シャワーを浴びながら「最悪だ」と呟くシーンももっとブサイクの方が切実に響くと思う。
 こういうの「ルッキズム」と言われてしまうのかな。でも、30代の古本屋の亭主が女子高生に告白されるというシチュエーションも、瀬戸康史だと「そりゃそうでしょ」ってなっちゃう。三四郎小宮浩信なら、そこでひと笑いとれる。
 その意味では中島歩は文句のつけようがないキャスティング。濱口竜介監督の『偶然と想像』よりいいぐらい。セックスの下手なモテ男って実際にいるらしく、昔、YOUさんがトリンドル玲奈大橋未歩とやってた深夜番組で、「100人斬りとか言ってる人で「えっ、これだけ」って人いるよね」とか大人な発言をしていた。人数に走っちゃうって案外そういうことなのかもしれない。ただそういうモチーフの扱い方が、今泉力哉脚本さすが。愛とセックスの上手い下手を天秤にかけて見せる。
 『猫は逃げた』の主演の毎熊克哉は『愛なのに』にも出てた。何なら瀬戸康史も『猫は逃げた』に出てる、声の出演ではあるが。猫もおんなじ猫が出てる。
 瀬戸康史の声のところめちゃくちゃ可笑しかった。あれは映画監督役のオズワルド伊藤がやったセリフそのまま瀬戸康史の声にしたそうだ。図らずも(たぶん)オズワルド伊藤の演じた映画監督がタイムリーな役柄になった。
 いや、だから、「こんな映画監督がいたらいやだ」って大喜利の答えみたいな、園子温がそんな映画監督だったってありうるんだろうか?。確かに奥さんの神楽坂幸恵さんは『ひそひそ星』の主演女優だけど、それを言い出したらそれはいっぱいいるわけで。周防正行しかり、石井裕也しかり。
 石井裕也で思い出したけど、毎熊克哉は『生きちゃった』にも出てた。あっちでは寝とる方だったけど。『生きちゃった』に比べても『愛なのに』に比べても『猫は逃げた』はぐっとソープオペラっぽいかもしれない。「泥棒ネコの上にネコ泥棒じゃない?!」っていうパンチラインは、もしかしてそれが言いたかっただけ?ってくらい効いているので、反射的に笑っちゃった。
 お互いの脚本をどれくらい変えたのか知りたい気もする。
cinemore.jp