『ベイビー・ブローカー』

 『真実』が是枝裕和Xカトリーヌ・ドヌーヴだとしたら、今回は是枝裕和Xソン・ガンホということになるだろう。フランスに比べれば、韓国の方が文化の面でも言葉の面でも越えなければならない壁は低かったろうとはおもうけれど、母語文化圏の外で創造性を失わないのは、アスガル・ファルハーディー監督がハビエル・バルデムペネロペ・クルスを主役にスペインで撮った『誰もがそれを知っている』が、寸分違わずアスガル・ファルハーディーの映画だったように、やはりホンモノを思わせる。
 海外でも評価されている日本人映画監督がすべて海外でも日本と同じように映画が撮れるわけではないのだから、そこにクレバーさというか、目の確かさを感じる。もともとがドキュメンタリー作家ということがあって、対象が持っている物語性をつかみとるのに長けているのだと思う。
 『ベイビー・ブローカー』でも、映画に出てくるような子どもたちを育てる施設、養子縁組をする夫婦など、事前にかなりリサーチしたそうだ。『海街ダイアリー』の時も、あれは原作があるのに、実際に姉妹で暮らしている家庭をいくつもリサーチしたと言っていた。
 それともうひとつ特徴的なのは、映画を撮りながらどんどんシナリオを書きかえていく。『真実』ではジュリエット・ピノシュが頭を抱えていたが、『ベイビー・ブローカー』では、シナリオが完成したのはすでに3分の2ほど撮り終わった頃だったそうだ。
 もちろん、大まかなプロットは先にあるのだろう。撮影に取り掛かる前に綿密にリサーチした上で、しかし、シナリオの決定稿は作らない。このやり方が、是枝裕和の作品に独特のライブ感、新鮮味、生々しさを与えている。
 子供の演出がとてもうまい(『万引き家族』『奇跡』『そして父になる』)のも、その独特な演出法によるところが大きいのだろう。
 ただ、あの赤ん坊の演技は奇跡だそうである。あの赤ん坊の自然な動きに合わせて名優たちがアドリブしているのだと思うと、ちょっとワクワクする。
 こう書くとアドリブだらけみたいに聞こえるかもしれないが、犯罪ドラマとしての骨格もしっかりしていて、いきあたりばったりの犯行かと思いきや、しっかりプロフェッショナルだったりして観客を裏切ってくれる。そのバランスが絶妙。ソン・ガンホが何だかんだでけっこう怖かったり。一筋縄ではいかない奥行きのふかさを見せてくれる。ソン・ガンホがいないとあのラストは軽くなったと思う。
 ソン・ガンホカンヌ映画祭の最優秀男優賞を受賞した。個人的には『パラサイト』よりこっちの方が好きなくらい。
 ぺ・ドゥナは『空気人形』以来の是枝裕和作品。「今度は人間の役で」と約束していたそうで、その言葉通り、人間臭い刑事の役をノーメイクで演じていた。
 是枝裕和監督のインタビューによると、『三人の名付け親』が念頭にあったそうだ。赤ん坊を連れたロードムービーというと『神様のくれた赤ん坊』を思い出したのだけれど、深刻な問題を扱いつつ、実はかなりエンターテイメントに振り切った映画で、捨てられた赤ん坊を売るやつ、養父母候補、赤ん坊を捨てた母親、赤ん坊の父親、その嫁さん、追う警察、などなどの絡み合いが面白かった。
 最近、ここまで多層的な人間関係を見せてくれる映画は少ないかもしれない。それだけに、繰り返しになるけれど、ソン・ガンホの結末だけがいつまでも心に残る。


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