伊集院光の百年ラヂオ

 伊集院光の百年ラヂオで、1955年のラジオ番組が紹介されてた。宮田輝アナウンサーがいろんな一般家庭を訪ねる15分番組。今で言う「家ついてっていいですか」みたいなのだろうか。
 1955年っていえば、日本が独立を回復してまだ3年だから、戦災孤児がいっぱいいて、そういう子供を引き取って育てている家庭も普通にあったようで、そういう家庭のひとつにお邪魔していた。
 それが特に美談ってわけでも慈善ってわけでもなかった当時の雰囲気が伝わってくる。雰囲気で言えば、「家ついてっていいですか」より「探偵ナイトスクープ」に近いカジュアルな感じ。
 12万人もいたという、そういう身寄りのない子どもたちを、受け入れていかなければ、社会が成り立たない。それは社会通念としても個人感情としても当然そうなので、ここに何か議論の挟み込まれる余地はない。
 ところが、今日参議院強行採決されそうだという入管法の改悪は、日本で生まれて、日本で育っている子どもたちを戦乱の最中に送り返そうとしている。「送り返す」という言い方が正しくないのだけれども、そういうことにして、普通に生活している家庭を無茶苦茶にしようとしている。それが靖国日蓮信者の正義なんだろう。私には理解できないが。
 日本の難民認定率の異常な低さはもう何年も前から国際的に非難されてきた。日本以外の国が特に難民に寛大だったわけではない。それらに比較しても日本だけが異常に低い。そんなことは起こりえない。
 そのカラクリがようやく明るみに出てきた中で、強行採決するらしい。今回は選挙前じゃないのでってことらしい。自民党創価学会はそんな考え方らしい。
 昨日も国会前で反対集会があったが、5500人では、自民党創価学会の数の力に対抗するにはあまりにも少ない。彼らは何とも感じないだろう。
 はてなブックマークのコメントを見ていたら、難民を受け入れるなんてパヨクの綺麗事で、そんな余裕はないというのがあったが、まず、入管施設に収容されているのは、普通に家庭を持って生活している人たちだ。それをわざわざ税金をかけて収容している。話は逆なのだ。もし、財政だけがすべてって考え方にしても、それをいうなら難民よりニートの方がはるかに問題だということになる。
 きれいごとというけれど、1955年には12万人もいた戦災孤児たち、生活力のなかった彼らを当時の人たちは当たり前のように受け入れてきた。それがキレイごとに見える側が汚すぎるだけなんじゃないだろうか。
 1955年が2023年の今より豊かだったのか?。伊集院光も言ってたけど、聞いていて涙がこぼれた。
 6月11日までらじるらじるで視聴できる。↓。

https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=8244_01




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