『アルマゲドン・タイム』ネタバレ

 最近に観た映画の中でいちばん心に残った映画というと、この『アルマゲドン・タイム』だろうと思う。
 「アルマゲドン・タイム」という「?」なタイトルはザ・クラッシュの曲名からとっているそうだ。舞台は80年代のアメリカで、ジェームズ・グレイ監督の実体験がベースになっている。
 少年(バンクス・レペタ)の父親(ジェレミー・ストロング)が配管工というのに何かしら時代を感じた。今を舞台にしたら、ホロコーストを逃れてアメリカで成功した祖父、配管工の父、PTA会長の母、私立校に通う兄、公立校に通う弟、そしてその友人の黒人の少年、こういう座組みがありそうでなかなかなかったと思う。そういう家族が中流家庭としてリアルに感じられるだろうかと思ってしまった。
 兄が通っている私立校に途中から転校する主人公が、講堂で聞くマリアン・トランプ(ドナルド・トランプの姉)の講演は、実際にあったそうで、この映画を作るにあたってお兄さんに電話して記憶を照らし合わせたということだ。ジェシカ・チャスティンが演じている。
 映画の途中でレーガン大統領時代が始まるのだけれど、監督の語るところによると、
「それまでは良いことをするのが大事だっていう倫理観であったのが、良い気分になることが大事だし、できるだけお金を稼ぐのが大事、他の人なんかどうでもいいっていう、そういう倫理観に全体的に変わってしまったと思っています。だから彼が当選したことで、すごくいろんな変化があったという風には思っています」
のだそうだ。
 私たちが今抱いているアメリカ人のイメージはどんな風だろうか。トランプが「アメリカを再び偉大に」というそのアメリカがレーガン時代のアメリカだと思われてるわけだが、この監督の少年時代には今とは違うアメリカがあったってことになる。
 
 監督の言葉を借りると「良いことをするのが大事だ」という倫理観が終焉を迎える、時代の黄昏を、実は少年は生きていたってことになる。だが、もちろん、少年をはじめ大人たちも誰もそのことに気がついていない。
 だから、少年とダブりの黒人少年(ジェイリン・ウェッブ)の友情がすごく哀切に感じられる。個人的にはLGBTQの当事者の気持ちがよくわからないので『怪物』の少年たちには結局は感情移入できない。そういう余計な比較をすると、この『アルマゲドン・タイム』の少年たちには誰しもが共感できるのではないかと思った。
 子供たちの世界ではごく自然に付き合いが始まるのに、自分たちが社会的に違うっていう偏見を、社会が教えこんでくる。というか、そういう偏見が大人たちにとってはもう常識になってしまっていて、そういう無意識の偏見が、子供たちを傷つけていく。
 そのさらに前の時代に原体験を持っている祖父だけが違う視点を持っている。それは当然なのだが、しかしそういう歴史的な背景も少年はまだ理解していない。ただ、少年が私立校に移る援助をするのも結局その祖父でもある。
 少年が警察を出るとき、二人が交わし合う視線がつまりはいつまでも心に残る要因のひとつなんだろうと思う。もう一度そこまで時間を引き戻せないかなあと思ってしまう。おそらくはその時点ではその視線に大した意味は含まれていない。だが、何度もそのことを思い出すことになっただろう、そういう瞬間。
 あるインタビューで
「ポール役のバンクス・レペタと、その親友である黒人生徒ジョニー役のジェイリン・ウェッブは、そういう差別の構図まで理解していたんでしょうか? 子役たちとどう話したか教えてください。」
 と聞かれた時の監督の答えはやっぱりこの人一流なんだなと思わせる。リンクを張っておくので全文読まれると良いと思う。でも、リンク先の記事はいつ消えるとも限らないので、断章的に切り貼りしておくと
「映画監督の難しさの一つは、登場人物の上に立たないようにい続けることです。優れた芸術は、道徳を振りかざしません。自分もそうならないように気を付けています。」と。つまり、役者たちは状況を演じているだけでテーマを演説してるわけではないので、差別の構図どころかどんな構図も、子供達はもちろん大人の俳優にも話さないってことだそうだ。

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