『さらば、わが愛 覇王別姫 4K』

 チェン・カイコー監督が1993年に公開した『さらば、わが愛 覇王別姫』は、中国映画の頂点であるだけでなくそれ自体が美しい麗峰だと思う。連なる山脈の果てにたどり着く最高峰ではなく、砂漠の果てに忽然と屹立する須弥山の頂なのだと思う。今の中国のことを思うと、こんな映画がもう一度現れるには気が遠くなるような時間がかかるだろう。
 2h 51minの長さをまんじりともさせない。中国の現代史であると同時に日本の現代史でもあり、そして何よりチェン・カイコー自身の個人史でもあると思われる。というのは、彼自身が紅衛兵世代であり、同じく映画監督だった父親を糾弾した過去をもつと聞けば、この映画の「小四」を思い出さずにいられない。
 隣人同士で殺し合った文化大革命の悲惨さは、抗日戦線の栄光を減じさせるほどのものだったらしいことが、その直後に作られたこの映画を見るとよくわかる。大陸での日本陸軍の非道ぶりは日本人の心の傷であり続けていると思う。しかし、文化大革命は、その日本軍の非道さを知っているはずの中国人同士が、文化の名のもとでお互いを殺し合った。
 そういう人間の業について、フェアに真摯に向き合った時、伝統的な京劇と、項羽と虞美人の語り継がれてきた悲恋の歴史が呼びさまされることは、それこそまさしく中国の文化の厚みと言うべきことだろうと思う。
 LGBTの問題も声高でなく、今世情を賑わしているジャニーズ問題のような事件も描かれている。公開から30年経ってもいまだにvividでタイムリーであることに驚かざるえない。


www.youtube.com