『ヤジと民主主義 劇場拡大版』

 マスメディアを信用しなくなってしまっているので、たまにこういうのにぶつかると愕然とする。
 今、素人がスマホで動画を撮れるって時代になってホントによかったと思う。文字メディアで聞いただけなら到底信じられなかった。
 選挙演説に来てる、その候補者に、誰かがヤジを飛ばす。そんなの当たり前の光景だったはず。それに、そもそも安倍晋三自身が国会でヤジを飛ばしまくってたじゃないか。
 ましてや街頭なんだから、ヤジくらい覚悟して当然でしょ。
 ところがまあ、1人の男性が一言二言ヤジを飛ばした瞬間、5〜6人の私服警官が群がってきたぞ。
 それを見た1人の女性が、その抗議の意味もあったそうなんだけど、またヤジを発したら、こっちの方がさらにびっくりしたんだけど、こちらもまた多勢で排除したあと、2人の婦人警官が、何と1時間以上、2kmにわたって両脇からぴったりくっついて、ずっと連れ回した。「強制連行」って言葉はこんな時に使って欲しい。
 猫なで声なのがさらに気持ち悪い。たぶんYouTubeにあるんでしょうが、見たくもない。映画館で見てよかった。そうでなければ正視にたえない。この映画全編を通じていちばん気持ち悪かった。気がついたら椅子の背もたれにのけぞって、顔を背けながら見ていた。
 このあと、何年かあとに安倍晋三が殺されるじゃないですか。ヤジ飛ばすだけのやつにあんな迅速に飛びかかるのに、殺傷武器持ってたやつには至近距離まで気が付かなかったって。笑っちゃいますよね。
 自分自身のウソに慣れきってしまってるんだと思います。本心では危険でも何でもないと知ってるヤツに、危険ってレッテル貼ることに頭が慣れてしまって、ホントに危険なヤツに反応できない。
 最初は自覚的にウソをついてたはずなのに、いつのまにかそのウソが彼らにとってのホントになってしまって、そういう生き物になってしまってる。警察官ってそういう生き物。伊藤詩織さんの事件で、婦人警官が声を揃えて訴えを取り下げさせようとしていたことを思い出しました。権力がついたウソは、まず権力の内側でホントになっちゃうんですね。
 私たちは権力のウソを押し付けられてるだけだけど、権力の内部にいる人たちは、頭の中までそのウソに染められてる。警察官として生きるって選択は、頭の中まで権力に委ねてしまうって選択なんだなってことが、ヴィジュアルでわかるって、すごい時代です。
 一種の嗅覚だと思うんですよね、ああいう警備って。だから、感覚を研ぎ澄ましておくことが必要なんじゃないでしょうか。ところが、ウソで汚染されてる頭はその真逆だから、現実の危険には反応できない。一般市民をテロリストに仕立てることはできても、現実のテロリストには何もできない。元首相暗殺みたいなことがいとも簡単に行われてしまう国は、裏を返せば、普通の人をいとも簡単に排除する警察とセットだったんだということが、目で見てわかる。
 ヤジに関しては排除の是非について裁判で争われてるのですが、それより地味に問題だなと思ったのは、増税云々についてのプラカードを持って立ってるだけの女性に私服警官が張り付いて、プラカードが安倍晋三にみえないように妨害していたこと。安倍晋三支持者の方のプラカードは、大量に印刷して配ったヤツを平気で掲げてるので、あれは確実に警察による検閲ですね。映像としては地味だけど、あっちの行動の方が、警察としてはあるまじき行動なんだと思います。
 あれをやってた警察が、ヤジの人を排除してるわけなんで、警察の当時の行動の動機を語るのに十分な傍証になるはずです。
 この映画を観るかどうか迷ってたのですけど、たまたま見やすい時間にやっててくれて見られてよかったです。映画館の方に感謝です。

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