石破茂「脱・日本会議」宣言

 安倍さんは、たしかに一人勝ちなんだけど、今この人は何がしたい人のかって、ほとんど分からなくなってる。日本会議の傀儡ってならわからんではないが、モリカケ問題なんてのは、問題としてセコすぎて、批判するのもバカみたいだし。以前に書いた通り、マスコミも、もし、日本会議を批判したいなら、どんどんやればいいんだし、応援する国民も多いと思うが、ところが、ビビって及び腰で、最近は言わなくなったが、「安倍応援団」とか、不可思議な造語を多用していたが、どうやらあれで日本会議を批判してますよっていう言い訳にしていたつもりらしかった。
 だから、安倍一強と言いながら、実は、日本の政治全体が方向性を見失っているって状況だと思う。
 なので、自民党の総裁選に出馬した石破茂さんにはちょっと期待してたが、内閣人事局を見直すとか言い出したのでもうダメ。官僚が官邸の方を見て仕事をして何が悪いのか?。内閣人事局ができる前の官僚が、国民の方を見て仕事をしていたとでも?。官僚が官邸を向いて仕事をするのは当然、むしろ、そうあるべきで、問題は官邸が国民の方を見て仕事をするかどうかで、もしそうでないなら、選挙で国民の審判を受けるはずなのである。
 週刊プレイボーイ石破茂と古賀茂明の対談が組まれていた。古賀茂明は内閣人事局を作ったひとなんだが、官僚が省益で動いて、内閣の言うことを聞かない状況を改善しようとしたのだし、その成果は上がっている。もし、安倍さんの官僚の使い方に問題があると国民が判断したなら、安倍さんは国民の支持を失うはずなのだ。
 それがそうなっていないとしたら、その理由は、安倍政権が国民に実際に支持されているか、対抗する立場の人が他の選択肢を提示できていないかだろう。
 石破茂の総裁選のスローガン「正直、公正」が批判されているが、当然だろうとおもう。石破茂は、前の総裁選でも安倍晋三と戦ったのに、それから今までいったい何をしてたら、そんな中身のないスローガンが出てくるんだろう。
 自民党の総裁選は、事実上、日本の国家元首を決める戦いなのに、そこでそんなビジョンしか示されないひとに期待しろと言う方が無理じゃないだろうか。
 内閣人事局を「見直す」(とは、「骨抜き」ってことだが)以外に具体的な提言がなく、「正直、公正」なんて虚ろなスローガンだけなら、官僚支配の政治に後ずさるしかない。
 石破茂は、いずれにせよ、この総裁選には負けるに違いないのだから、少なくとも次につながる「良い負け方」を目指さなければならなかったはずだった。たとえば「日本会議との決別」を掲げていれば、間違いなく物議を醸したはずだし、ひとつの対立軸となりえたはずだった。
 小泉純一郎は、「脱原発」を掲げるべきと提案しているが、いずれにせよ、そう言う具体性が何もない。今のままでは、ただ「総裁選に出馬してみた」YouTuberみたいな態度だと思う。

歯医者のナショナリズム

 歯医者には歯医者独特のナショナリズムがあることに気がついた。

 前にもこのブログに書いたが、ひどい歯医者にひっかかっちゃったのだ。ただ、かぶせがとれたのを直してもらいにいっただけなのに、初診の日にいきなり、事前の説明もなく、まったく違う歯を抜かれてしまった。

 抜いた歯を持ってきて、「こうなってたので抜きました」と、事後の説明があったが、シロウトがすでに抜いた歯を見せられても、それがどうなってたのかわかるはずがない。

 その時点で撤退するのが賢明だったと今にして思うが、まあ、その歯が悪かったんだろうなと思って、そのまま通ったが、抜いたまま半年経っても、新しい歯を入れてくれないので、「まだ入れないんですか」と聞くと、「ダイジョブ、ダイジョブ、半年くらい」との答え。その時点で撤退すればよかったが、地理的に便利だったので。

 いよいよ歯を入れて(一年まで行かなかったと思うが、半年というには長すぎるくらいの期間が過ぎていたと思う)、「ハイ、全治しました」となったのだが、それからひと月も経たないうちに激痛。あまりに痛すぎて、最初、歯の痛みだと気がつかなかったくらい。頭は痛い、咳は出る、洟は出る、痰も出る。風邪薬を飲んでも治らない。もしやと思って、その歯医者にいってレントゲンを撮ると「骨が溶けてる!、いつからこうなってたんだ?」と訊かれる始末なんだが、一年近くあちこち弄り回って、ついこないだ全治ですってなったばかりなのである。「いつから」って、こっちのセリフでしょ?。

 要するに、噛み合わせが合ってなくて、骨に負担がかかったみたい。間に合わせに歯を削って、これで様子を見てってことになったが、もちろん、この時は完全撤退して、別の歯医者に駆け込んだ。それで、こりゃ、口腔外科に行かなきゃってことになったのである。

 この顛末を話すと、誰もが「そりゃ、ひどい歯医者にひっかかったな」って反応になる。世の中にひどい人間がいるのと同じ比率で、ひどい歯医者もいる。あたりまえのことだ。

 ところが、同じ話を歯医者にすると、違う反応になる。「別に噛み合わせ悪くないみたいよ」とか言うのだ。「それは、だから、骨が溶けてるってなった後に、削ったんですよ」って言っても無反応。取り合わない。

 口腔外科の方で、「半年以上ほったらかしですよ」って言うと、「それは経過を見てたんですよ」みたいなことを言って、見も知らぬ歯医者を庇おうとする。半年以上経過を見るほど慎重なら、初診の日に相談なしに抜歯せんだろう?。それに、抜く前も、抜いた後も痛くもなんともなかった歯が、歯を入れて一ヶ月も経たんうちに激痛なんですよ。

 そしたら、「そもそもあんたの歯の手入れが悪いせいだろ?」って言いましたね、その口腔外科医。いやいや、歯じゃないし。歯じゃなくて骨だから口腔外科に来てるんだし。もっかい言うけど、歯が痛くて歯医者にいったんじゃないから。歯医者が歯を入れてから激痛なんで。これ俺のせいかい?。

 あまりのことにこいつら裏で繋がってんのかな?と疑ったけど、たぶんそういうことじゃなくて、歯医者は「歯医者に悪い奴はいない、この患者がクレーマーなんだ」と思うみたいなのだ。目の前で惨状を訴えてる患者より、見も知らぬ歯医者の方を信頼してしまうみたい。「見も知らぬ」からこそなのかもしれない。自己を投影してしまうんだろうと思う。

 それで、思い出しましたね。昔、勝谷誠彦が「週刊SPA!」のコラムに「日本兵がそんな酷いことをしたとは到底思えない」ってことを書いてたのを読んで、あんた、日本兵のことなんか、知ってる年齢でもないし、実際に戦争体験した元日本兵は、酷い体験をいっぱい告白してるじゃないですか?。何言ってんだろう?、と思ってたら、鬱になって、降板しちゃいましたけどね。

 正直言って「バカじゃねえの?」と思ってたんだけど、でも、同じ歯医者ってだけで、何処の馬の骨か知らない赤の他人を弁護しちゃうんだから、そういう心理って、どこにでも発生するんだろうね。「そんなひどい歯医者がいるわけない」とか思ってるとしたら、それは歯医者だけだよね。世の中、ひどい歯医者がいっぱいなわけで、だから、いい歯医者が流行るわけで。

 「日本人が悪いことするわけない」は思ったことないわ。だって、生まれてから今まで出会ってきたのはほとんど日本人だけど、イヤな奴いっぱいいた。勝谷誠彦だってそのはずなんだけど、でも、立場を変えると、自分もそんな心理になることがあるのかもしれない。今思い出したけど、高野孟が「全共闘世代だから」って思わず口にして苦笑いしてたことがあった。

 自分にもしそういう感覚があるとしたら、真宗門徒だからってことかもしれない。こないだ、『〈民主〉と〈愛国〉』の感想に、親鸞派、日蓮派ってことを書いた後、あの本を読んで、そんなことを考えるのは俺くらいだろうなと反省した。

 吉本隆明が「公」という概念を否定していたのは本当だと思う。ただ、その「公」が人を幸せにするのかどうか、そこに引っかかりを感じはする。

詩人 吉増剛造展

 渋谷の松濤美術館で、「涯(ハ )テノ詩聲(ウタゴエ) 詩人 吉増剛造展」、9月24日まで。

 詩人としての吉増剛造はずっと気になっているが、今のところ、歯が立たない。
 
 前にもチラッと書いたが、東京国立近代美術館で開催されていた「声ノマ 全身詩人 吉増剛造展」は観た。

 その時の体験からいうと、一番とっつきやすかったのは、写真だった。多重露光した写真。

 例えば、二枚の写真が重なって一枚のイメージになったとすれば、それぞれの元のイメージは失われている。イメージの混濁にすぎない、その多重露光の写真がなぜ魅力的かというと、やはり、そこに時間が乗るからだろうと思う。

 しかし、これは、写真のこころざしとは違うんだとおもう。しかし、絵とも違う。やはり、言葉に近いかもしれない。言葉になる前の何か。言葉の既視感のように、もう少しで記憶の中から言葉が浮かび出しそうな、そういうイメージがあるとすればそうかもしれない。雨が雨という言葉に、バスがバスという言葉にきちんと重なる寸前のイメージのような気がする。

http://www.asahi.com/special/kotonoha311/yoshimasugozo/

 生原稿もあるし、声ノマの時は原稿を書いている動画も見た。が、これはほぼ読めないし、読む事を想定して書かれていないと思う。

 このように、ハッキリと表現のためだけにあって、意思疎通のためにはない言葉を前にすると、理解不可能であることが、意思疎通の絶対条件であり、個人が自由であることの本質だと思えてくる。

 全部理解できるよ、分かりきってる、という態度をとることもできるが、そこには遮断しかない。それは、一般には正しい態度だが、理解できない部分に留保を残しておかないと、コミュニケーションが生じる可能性はない。

 その意味では、詩人の言葉に耳を傾けるのは、巫女の神託を聴くのに似ているが、巫女の神託からは意味を汲み取らなければならないが、詩人の言葉に、意味を汲み取ることはできない。そこには表現があるだけで、意味を伝達する意図はないから。

 こうとりとめなく書きながら、一方で考えているのは、言葉とナショナリズムのことなんだが、こないだ読んだ『〈民主〉と〈愛国〉』のベ平連の章で、彼らが呼びかけて脱走した米兵たちの書いた声明文が感動的で、ここには、詩とは逆に、意味の伝達しかない。語りかけるべき相手としてのアメリカ人がハッキリと存在している、意味の誤解が起こりえない言葉。

 アメリカの19歳の少年が書いたその言葉を、小田実は、自分は日本語でこれを書けるかと自問して、書かないと結論している。『〈民主〉と〈愛国〉』自体が、それが何故日本語で書けないかについて、その言葉のねじれについて書いている本だとも言えるんだろう。

 言葉は祖国でもあり個人でもあるのだが、それが捻れていると、吉増剛造の詩を不可解と切り捨てる一方では、脱走兵の声明文をただの言い訳としかとれない。しかし、吉増剛造の詩を楽しむ一方で、脱走兵の声明文に感動できる人もいる。そこには未開と文明ほどの差があると思う。

しりあがり寿 月と劣化 ゆる和 2

 月をモチーフにした水墨画はほぼ仙がい(崖の山がない字)。でも、仙がいそのものではなくその解釈なんだと思う。「わび さび ゆる だめ」っていうコンセプトも、《「ウサギは疲れました」》って板絵も、抱一がわざと銀やけした月を描いたように、伝統の解釈なんだと思う。

 伊勢丹新宿本館っていう、ふだん行かないところだと思ったら画廊で、絵のタイトルの下に価格も書かれている。月の水墨画のシリーズは軒並み7万円くらい。色のあるもので大きいのはその10倍くらいしたけど、雛屏風よりやや小ぶりなくらいの屏風は3万円くらい。一瞬買おうかなと思ったくらいだけど、性格がコレクターじゃないんでしょうな、失くしたり汚したりしたらまずいなと思って辞めました。

 マンガっていう巨大なマーケットから、自然にいつのまにか、アートのマーケットにはみ出してきている感じが楽しい。

 言うまでもなく、マンガも絵なんだけど、マンガやアニメのファンにはそういう鑑賞を拒む傾向があるのではないか。鑑賞の仕方が図式化されていて、表現であるより指標になってしまっている。

 アニメにとっての絵は、ストーリーを伝える手段、アニメファンの間でだけ流通している隠語みたいなものなのだろうか?。だとすれば、絵というより字なんで、読みやすいプリント体が一番ってことになる。結果として、ゴジラサイボーグ009も同じ絵ってことになる。もしそうなら、アニメの存在意義は、実写にするより予算が安いだけのことだ。

 そういう文脈からは表現がはみ出してしまう人がいて当然だろう。しりあがり寿の場合、その感じが自然でよい。言い換えると、「あたしマンガ家ですけどアートもやるんですよ、すごいでしょ」って感じじゃないわけ。

 もちろん、そういうマンガ家は見たことがないけど。というのは、さっき言ったように、マンガのマーケットは巨大なんで、将来性のないアートのマーケットに色目を使う必要がない。

 そんなことをするのはユーチューバーくらい。彼らの価値は表現じゃなくて話題性だから。でも、横浜トリエンナーレなんか見てると、ユーチューバークラスな気もする。

 絵を描く人にとって、巨大なマーケットを持つマンガがあるのに、その形式が、ファインアートの方にフィードバックしてこない方がおかしいと思う。しりあがり寿もそうだし、横山祐一とか、会田誠とか。村上隆もそうなのかもしれない。でも、村上隆は、アニメファンから叩かれるでしょ?。そうだ。あのバッシングを見てたから、アニメファンに不信感を持ってるんだな。ロイ・リキテンスタインをアメコミファンが叩いたとか聞いたことがない。
f:id:knockeye:20180823111450j:plainウサギは疲れました

『〈民主〉と〈愛国〉 戦後日本のナショナリズムと公共性』の感想のそのまたついで

 小熊英二の『〈民主〉と〈愛国〉 戦後日本のナショナリズムと公共性』だが、ちょっとした違和感は感じなくもない。

 それは、『戦争が遺したもの』という、鶴見俊輔上野千鶴子小熊英二の鼎談でもふれられていたが、吉本隆明についての評価が辛い、と上野千鶴子は書いていた。し、鶴見俊輔も、吉本隆明丸山眞男が対立した時は「困った」と語っていた。鶴見俊輔は、デモの混乱の中で、偶然、吉本隆明と出くわし、一瞬、視線を交わしたそうだ。そういう瞬間に掴んだ印象は、その後にその人に対する評価のコアになるもので、それこそ「対幻想」なのかもしれないが、言論上で対立することがあっても、そういう人間的な信頼は傷つかない性質のものだと思う。

 吉本隆明丸山眞男の「抑圧の移譲」について、批判している文章を読んだことがあるが、そんなに説得されなかった。むしろ、首を傾げたと言った方が正しいかも。「何を批判することがあるんだろう?」とおもったわけだったが、今回の読書で、勝手に腑に落ちた。要するに、吉本隆明は、70年安保を何とかしたかったのだろう。結果からすれば、酷いことになったのだけれど、それでも、何とかしたかったのだろう。それで、少し上の世代に対する苛立ちってことになる。そういうことだったんだなと、まあ、これは、勝手にそうおもった。

 それと、もう一点は、石原莞爾の名前が、ちらっと出てくる。戦後日本の思想とは関係ないと思ってかまわないのだろうけれど、ただ、これも勝手な思いだが、小熊英二って人は、日蓮派か、親鸞派かと、それこそ、犬派?、猫派?、くらいのラフな分け方をすると、日蓮派なんだなっておもったわけだった。それも、吉本隆明に対する評価の辛さと関係あるんだろう。

 ただ、まあ、私個人は、石原莞爾って人は、日蓮主義っていう、そもそも日蓮宗日蓮正宗、どちらかと関係があるのかないのかわからない、カルトとしか言いようのない妄想を根拠に、満州事変を、つまり、15年戦争の端緒を開き、錦州では、無差別爆撃を行なったわけで、この人に戦争責任がなかったとは到底思えない。東京裁判の時に、

「錦州方面の爆撃についてですが(略)多少弾丸が他に散ったかもしれませんが、しかしこれを前欧州大戦において独空軍が行った「ロンドン爆撃」、或いは今次大戦における米軍「B29」等の日本都市爆撃とか、広島・長崎における原子爆弾投下の惨害に比したならば殆ど問題にならない程であったと確信いたします」

と言った、私はこの発言は、非常に卑しいとおもうし、戦争が終わった時に、こういう発言をする人間が、戦争を始めたについては憤りを覚える。

 宗教について、話がややこしいのは、石原莞爾と事あるごとに対立した東條英機が、巣鴨プリズンに拘留中に、浄土真宗に改宗している。これなんかは、取りようによっては、無節操もいいとこだろう。でも、浄土真宗って、多分、そういう宗教なんだろうと思う。いずれにせよ、戦争を始める側には立たない。

 日蓮主義と今の創価学会が、ホントに決別しているのかは、警戒していなければならないと思っている。「国立戒壇」とか、「天皇の帰依」とか、そういう発想は、浄土真宗では、良くも悪くもありえない。天皇が帰依したらエライのか?。そういう風に、政治が宗教に介入することに潔癖でない、というより、初めから政治的野心を隠さない、そういう宗教は、何かあれば容易にカルトに変貌すると思う。し、現にした。

 鎌倉時代は、戦後の日本に様々な思想が生まれたように、さまざまな仏教の宗派が生まれたが、法然親鸞道元栄西明恵とくらべると、日蓮という人は、その反動といった存在に、私には見える。

 まあ、ここに書いていることは、『〈民主〉と〈愛国〉 ナショナリズムと公共性』の感想の、そのまた余白みたいなことにすぎなくて、小熊英二の書き方は、私がここに書いている書き方より、はるかにフェアだが、ただ、もし、これからまた政治の季節が始まるとして、日蓮主義的な迷蒙が政治に介入してくるのは嫌だなと思う。佐藤優が、最近書いていることを読んでいると、創価学会が政治的に利用できると考えているようなんだが、アブナイ気がする。
 
 

竹久夢二の生家

 ちょっとしたついでに竹久夢二の生家を訪ねた。

 岡山らしく葡萄棚があった。当時からあったはずはないが、竹久夢二キッチュな感じに似合ってるかも。
 この生家は、夜逃げ同然に出る時に、近くの造り酒屋に売ったのだそうだ。近くに、東京にあった夢二のアトリエを再現した少年山荘も建てられている。

 竹久夢二の撮ったお葉さんの写真もあった。この人は伊藤晴雨のモデルもつとめていたので、もっと妖しげな写真もあるのだろうと思う。

五山の送り火

 今年は盆休みの日程の具合が良くて、五山の送り火の日に関西にいたので、こんなことは滅多になかろうとカメラを持って出かけた。
 先に京都国立博物館に立ち寄った。先に書いた通り、ここは東京国立博物館と違い、撮影不可なので紹介できないが、昔の建物が改装中で入れないのも残念だった。昔は、国宝級の展示物が所狭しとおいてある印象だった。国宝のドン・キホーテというか。
 ロラン・バルトの『表徴の帝国』のちくま学芸文庫の表紙に使われている宝誌和尚像もそんな中で観た。そういえば、蘆雪も蕭白若冲もここで初めて観たのだった。
 京都国立博物館を訪ねるひとが見落としがちなのは、お茶室「堪庵」とその庭。

 今回はサルスベリの花がおおかた散っていたのが残念だった。しかし、あのサルスベリも昔訪ねた頃に比べて随分と大木になり、すこしバランスが悪くなっている。いちいち時の流れを感じさせられる。
 送り火は、広沢の池に鳥居を観に行くことにした。大文字から順番に、午後8時から五分おきに点火していくので、一番端の鳥居は、8時20分になるのだけれど、広沢の池あたりは、三条大橋とか渡月橋とかに比べれば、少しは人混みが少ないのではないかと思った。
 それに、広沢の池は、同時に灯籠流しも行われるので、フォトジェニックかなと思ったし。
 あいにくの天気の予報だったし、現に通り雨が何度かザッと通り過ぎたんだけど、意外にも、夕焼けなども見られ、

灯籠流しも良かったのだけれど

やっぱ、8時20分ってのは、

こうなりますか。
 もちろん、露光時間を長くすればいいんですが、三脚を持たない主義なので。せめて、

こんな感じとか、

こんな感じとか、

ここまでいくと「ネオンかよ!」ってなっちゃいますがね。
 五山の送り火だけ、サマータイム導入ってなら、大いに賛成ですね。
 それと、風向きが悪かったのか、点火より1時間くらい早く始まった灯籠流しの灯篭が、全部あっちの方に流れてしまって、点火の時にはなんだかわからなくなってしまいました。で、移動しつつ撮りました。