辻原登の本が続けて読みたくなったので、アマゾンでまた別の本を注文したが、それが届く間に、彼の書評集を読んでいた。
その中の一章「坂道の記憶」を読んで気がついたのだけれど、先日の短編集『家族写真』の「塩山再訪」は、グレアム・グリーンの短編「無邪気」を下敷きにしていた。
ハヤカワepi文庫の「二十一の短編」では「無垢なるもの」と訳されていたものである。いわれるまで気がつかなかった。もっとも発端は似ているけれども、テーマはだいぶ違う。
「無垢なるもの」は、心に引っかかりながら、もうひとつきちんと理解できていなかったのが、辻原登の書評を読んで腑に落ちた。原題は「the Innocent」。子供のころの自分と今の自分はまるで他人だろうな。きっとタイムマシンで過去に戻ったとしても、目の前に自分がいても気がつかないかもしれない。
私の好きな小説、丸谷才一の「横しぐれ」についてふれた章もあった。1991年のイギリスのインディペンデント外国文学賞特別賞を受賞していたのだそうだ。
書評を読んでいて、もう一度あの迷宮に踏み迷いたくなってしまった。