吶喊

 林真理子が、津波の被災地を訪ねた。

・・・いくらあちこちを歩いても、体がふわふわと漂っているようで本当に現実感がないのだ。こんなことが実際に起こったということが、まだ脳味噌の中に入ってこないのである。

と書いているのを読んで、月初めに訪れた、いわきの被災地を思い出した。あのときよりむしろ、今の方が現実感があると気づいて、一瞬、叫びたい気持ちになった。恐怖とか、後悔とか、弾劾とか、絶望とか、そういう感情が起こったわけではない。叫び以外に言葉が見つからないだけだと思う。
 動きながら、走りながら、発せられる言葉は、たぶん、叫びしかないのだろう。叫びか、でなければ、沈黙、以外の言葉の多くは、少なくとも今は、嘘にしか聞こえない。
 週刊誌の、震災と原発関連の記事は、記者たちが匿名で、記事の内容に責任をとらないわけだから、ツイッターのデマと大差ないことに気がついた。
 週刊誌というメディアは、今まで、必ずしも‘信頼性’に重きを置いてこなかったのだから、今後は、ツイッターに座を奪われるのかもしれない。即時性という意味では、あきらかにツイッターに分がある。
 某週刊誌の吊り広告に‘わたしたちは煽らない’みたいなことが書いてあった。鼻で笑った。