プーチンのゲームについて

knockeye2014-03-10

 ソチ五輪が終わるやいなや、という感じで、ウクライナに軍事介入したロシアだったが、さかのぼるこの2日に、「ロシアの戦闘艦船一隻がキューバハバナ港に停泊していた」というニュースに接したときには、衝撃を受けたが、それはどこか懐かしい感じがする衝撃で、「2014年の今、こんなパワーゲームがロシアに可能なのか」という‘素朴’な疑問を抱いた。その疑問の裏には「できないはずだ」という答えが先にあり、だから、その疑問は反問のようなものだが、ではその反問の意味はといえば、「冷戦の再開でないとすれば、プーチンの意図は何なのか?」ということにつきるだろう。
 しかし、今月の文藝春秋佐藤優が書いている「最強の独裁者 プーチンの凄腕」と、今週のニューズウィークの「ウクライナ危機と新冷戦の幻」というウィリアム・ドブソンの記事を読んで、プーチンという人に驚いている。
 ウィリアム・ドブソンはこう書いている。

KGB出身のプーチンは陰謀や秘密工作に慣れきっているから、民衆の力による革命が自然に起きるとは思っていない。ロシアの影響力をそぎたいCIAが後ろで糸を引いていると、本気で信じている。

 この記事だけでは、この記者の憶測ともとれるわけだが、佐藤優が紹介している『そいつを黙らせろ ー プーチンの極秘指令』という、マーシャ・ゲッセンというジャーナリストの書いた、プーチンとの対面シーンがすごい。
 マーシャ・ゲッセンは、プーチンについて批判的な記事を書き続けてきたジャーナリストなのだが、シベリア鶴の保護活動で、ツルを野生に戻すにあたって、プーチンがハングライダーで一緒に飛ぶことになったので、それを取材して欲しいという依頼が舞い込んだ。完全なやらせなので、ことわろうとすると、プーチン自身が電話に出て、
「君がクビになったというのを聞いたよ。はからずも君がクビになったことについて私はあずかり知らなかった。ところで、私の自然保護活動の取り組みは、政治と分離しがたいものであることを知っておくべきだ。私の立場になれば、自然保護と政治を分離することは困難なのだ」
と言った。
 そして、面談の時はこう切り出した。
「会議を始める前に、この会話が意味あるものかどうかを確かめたい。君は自分の仕事が好きかね?。もしくは君はたぶん他の計画を持っていて、迫害されたジャーナリストの立場が君のキャリアに役立つことになるのかね?」
 それで、マーシャ・ゲッセンは、プーチンが、彼女について、プーチンについての批判記事や、デモに果たした役割などについて、何も知らないし、知らされていないことに気づく。
 このあとの‘雪ヒョウ’とか‘古代ローマのぶどう酒の瓶’の件もめちゃくちゃ面白い。佐藤優

ゲッセンが伝えるプーチンの雰囲気は、限りなくマフィアの親分に近い。

と書いている。
 で、最初に戻って、今回のウクライナ侵攻について、プーチンの意図は何かと考えると、どうやらやはり、冷戦の再演らしい。誰が考えても不可能なことが、独裁者の頭の中で可能になってしまっている。
 しかし、案外、世界はこの独裁者の妄想に引きずられるのではないか?。冷戦が終わったことの意味を、今の政治が完全に受け入れていないのかもしれないとすれば、前世代の政治劇をなぞることの方が、リアルな現実に直面するより楽なのかもしれない。
 日本人として興味があるのは、「ブダペスト覚書(ウクライナ旧ソ連から引き継いだ核兵器を放棄する見返りに、ロシア、アメリカ、イギリスが安全保障体制をや約束した)」が守られるかどうか。ロシアがクリミア半島の実効支配を手放さない場合、英米がどうでるのかは、日本人にとっては、日米安保の実効性についてのよい試金石に見える。
 この擬似的な冷戦を目の当たりにして、日韓の関係改善に向けた努力がはじまったような報道が相次いでいるのには笑わされる。慰安婦靖国をめぐる罵り合いが、平和ぼけのお遊戯にすぎない証拠だろう。

そいつを黙らせろ―プーチンの極秘指令

そいつを黙らせろ―プーチンの極秘指令

週刊ニューズウィーク日本版 2014年 3/18号 [雑誌]

週刊ニューズウィーク日本版 2014年 3/18号 [雑誌]