『オルガの翼』『すずめの戸締まり』

 『オルガの翼』は、今の戦争につながるユーロ・マイダン革命の頃のウクライナを舞台にしている。2013年11月ウクライナ政府がEUとの連合協定交渉を停止した事に抗議する数十万の市民たちが広場に集まりはじめた。これに対してヤヌコーヴイッチ大統領は集会の自由を無効にする法律を作って対抗しようとしたが、翌2014年2月、ロシアに亡命を余儀なくされた。これをユーロマイダン革命と呼んでいるようだ。

 この映画のオルガは、ウクライナナショナルチームのエースだったが、ジャーナリストの母親が命を狙われる事故に巻き込まれたために、亡父の祖国であるスイスに危険を避け疎開する。そして、スイスのナショナルチームで国際大会を目指す。

 主人公のオルガをはじめ、すべてのキャストが実際に体操のトップクラスの選手たちであるのがすばらしい。いかに演技力があったとしても、モデルみたいな体型の女優さんたちがこれをやってたらどっちらけだったと思う。筋肉のよろいに身を包んだ少女たちが革命の戦士のイメージに重なる。
 
 ユーロ・マイダン革命の現場の映像も、その場にいた人がスマホで撮影した実際の映像を使っている。なんと言ってもほんとの映像なんだから、それもまた迫力に寄与している。正直いうと、観る前までドキュメンタリーだと思ってた。
 
 オルガがスイスにいる間に、デモが激化していく。10代の少女が異国でひとり挑戦し続ける競技生活と、祖国に残してきた母親やかつてのチームメイトが巻き込まれていく祖国の分断。この過酷な状況は絵空事ではなく、この物語は、この映画の監督が、実際にスイスで出会ったウクライナのバイオリニストの実話から着想を得たそうだ。

 映画の時間は、ウクライナが親EU派と親ロ派に分裂し、東部2州が独立を宣言し、事実上ロシアに取り込まれるクリミア併合のところで終わっている。ここまでは国際社会も承認していた。ウクライナとロシアの関係は、他所からは分かりにくい。もともとソ連だったわけだし、実際に親ロ派という人たちがいて独立したとしても辻褄が合う気がした。今から考えれば、いくら親ロ派といっても、ロシアに併合されて平気だというのは奇妙な話ではあるが、それでも、歴史的経緯を考えると、そういう分断も起こりうるのかなと納得してた気がする。ウクライナとロシアの間でもそれで話がついてたんだし。
 だからこそ、その後のロシアのウクライナ侵攻は訳がわからない。プーチンの精神状態が疑われたのも無理はなかった。ウクライナEU加盟云々は、ユーロマイダン革命がそれが発端なわけだから、ウクライナEUに加盟することが侵攻の理由では、国際社会が納得するわけがない。というか、ロシア人の多くも理解できないのかもしれない。つうか、できないだろう。
 満州よりさらに先に踏み込んでいった日本軍と同じで、この先は泥沼があるだけじゃないだろうか?。この戦争の終わり方が想像しにくい事になってきた。というのは、東部2州の独立と言われていたものが、その実、ロシアの侵略であったと国際社会に認識されてしまったから、そうなると、クリミア奪還というところまでいかないと、戦争が終わりそうにない。
 そこまでいかないと、満州に傀儡政権を置いていた日本と同じく、ロシアは侵略国家だと国際社会からの非難され続ける事になる。考えれば考えるほど馬鹿な戦争で、これをはじめたプーチンの政治生命はそろそろ詰んでいると思われる。もし、ロシアの将来を考えるまともな政治家がロシアにいるなら、現時点でロシアにとっていちばん有利な決着は、ユーロマイダン後にウクライナと合意した東部2州まで後退し、プーチンの首を差し出す事だと思うだろう。しかし、戦争犯罪が明るみに出て、戦争の被害の甚大さを考えると、なかった事にしましょうで済むわけがない。
 なので、この戦争の終わり方としては、東部2州もウクライナに戻る、プーチンが失脚する、ロシアが何某かの戦後補償をする、以外には、現状考えにくい。つまり、戦争を終わらせるのはプーチン後のロシアという事になり、プーチン後のロシアがどうなるのか、誰も確信できないために戦争の終わる目処が立たないんじゃないだろうか。

 新海誠監督の新作『すずめの戸締まり』も初日に観た。ある水準までは必ず行ってくれるという信頼はあるし、今回もそれは裏切られなかったが、その上で、あえて言うと、今回の場合、恋愛に説得力がなかった。ボーイ・ミーツ・ガールの部分が唐突なのだ。
 だからどちらかと言うと、あの要石の猫の方が、すずめ(主人公の女の子)の運命を司らなければならなかったはずである。なぜ、すずめが要石に出会う事になったかにドラマがあったはずだった。
 だから、今回は恋愛要素は要らなかったと思う。あの閉じ師の方はイケメンではなく、デブでちんちくりんなオタクの方が話がわかりやすかったのではないか。その方が椅子にされても面白いし。
 すずめは椅子を助けるために異界に赴くが、一方ではそれは自身の過去に出会うための旅でもあったわけで、恋愛要素を絡めたために、その部分が弱くなっている。要石とすずめの物語が椅子の物語にもつながっていったはずで、椅子の物語は恋愛とは関係なかったはず。
 むしろ、すずめの叔母にあたるタマキさんの側に恋愛が発動すべきだったのではないか。要石を追いかけるすずめを、タマキさんと椅子が追いかけてもよかったのではないか。イケメン2人と漁港の同僚ひとりという男の配置がうまく整理されていないように感じた。この3人は1人に統一できた気がする。
 3.11を描いた映画としては何と言っても『君の名は。』が素晴らしかった。3.11以後を描くとすれば、やはりタマキさんの存在はもっと比重を増したはずだった。タマキさんの背後に大きい方の要石が現れる寓意についてはもっと考え抜かれてもよかったと思う。
 3.11以後と言えば、やはり原発事故を抜きには語れない。つまり、天災と思われていたものが、実は、人災でもあったわけで、今回の映画で言えば、大きな要石を抜いた誰かがいたはずなのである。そこが描かれないので、大きな要石のキャラクターが弱くなっている。
 『オルガの翼』と『すずめの戸締まり』を比べて、国を揺るがす重大な出来事を扱った映画として比べると、『オルガの翼』に『君の名は。』の時と同じような鮮烈さを覚える。
 こうやって書くと『すずめの戸締まり』に文句を言ってるようだが、ゼロからあの物語を作るのはやはりすごいんだし、映画として不足ないのだけれど、敢えて言うならという事なので。

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