菊池寛、難波田史男、北大路魯山人

knockeye2014-12-27

 この12月は仕事に忙殺されていた。10日もブログを更新しなかったのは、久しぶりなんじゃないかと思う。書きたいことはいっぱいあったんだけど、書きたいことをそのまま書くのはなぜかむずかしく、うっかりすると、書いているうちに書きたいことじゃなくなっていたりするので、微妙なことを書くには、10時すぎに帰宅してへとへとというワークライフバランスは、あまりふさわしくないわけである。
 いろいろ書きたいことのなかで、特に、週刊現代に連載中の「魚住昭の誌上デモ わき道をゆく」のこのところの文章は保存しておきたいくらい。
 109回は、関東大震災のときの朝鮮人虐殺について書いている。
 当時の日本人の朝鮮人に対する差別の問題としては、慰安婦問題よりもこのほうがはるかに大きく重い。こちらは軍人ではなく、一般人がデマにあおられて人を殺した。
 以前、ニュースになっていたけれど、差別は、恐怖心を和らげる薬で、ある程度まで改善することができるそうだ。差別とはつまり恐怖心なのだ。‘悪とはつまり弱さ’なのである。ニーチェの言葉らしいけど。
 魚住昭が『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』という本を読んでいて、「ハッとさせられた」という芥川龍之介の文章を、ここに丸写ししておきたい。備忘のため。

 戒厳令の布かれた後、僕は巻煙草をくわえたまま、菊池と雑談を交換してゐた。尤も雑談とは云うものの、地震以外の話の出た訳ではない。その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。僕は勿論さう云はれて見れば、「ぢや嘘だろう」と云ふ外なかつた。
 しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシエヴイツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度は眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。僕は又「へええ、それも嘘か」と忽ち自説(?)を撤回した。
 再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものはボルシエヴイツキと○○○○の陰謀の存在を信ずるものである。もし万一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。

 ここで芥川が言っている「野蛮」という強さに、少なくとも私はあこがれ続けたい。
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 書き漏らしている展覧会について。世田谷美術館に「難波田史男の世界」を観にいった。
 32歳で死んだ、この60年代の若者の絵は、以前、オペラシティギャラリーでだいぶまとめて観たので、「もしかしたらあの展覧会が巡回しただけかなぁ?」と危惧しながら出掛けたんだけど、今回のは世田谷美術館所蔵の作品を中心にしたまったく違うものだった。
 ‘描く’という日本語は‘書く’とも‘掻く’とも語源をともにしていることは疑いないとすれば、この人の絵はその言葉が分化する以前のプリミティヴな衝動を思わせる。
 しかし、オペラシティで観たときは気がつかなかったけれど、この人の‘描く行為’は、イメージから逃げ続けている。イメージに追いつかれまいとしている。‘描く’衝動に‘描かれる’イメージが先行することをひたすら避けている。たぶん、‘描く衝動’を伝えたいのであって、‘描くこと’が‘描かれる’イメージに従属することを否定している。
 「不条理の最高の喜びは創造である。この世界に於いては、作品の創造だけがその人間の意識を保ち、その人間のさまざまな冒険を定着する唯一の機会である。創造すること、それは二度生きることである。」
と、書き残しているそうだ。
 ちょっと得したのは、この日が「北大路魯山人展 塩田コレクション」の最終日だった。
 魯山人のように、美を総合的にプロデュースして提供できる芸術家はなかなか得難い。美食であり、器であり、絵であり、書であり、それを美の体験として共有するコミュニケーションが魯山人にとっての美であったと思う。
 「茶道」は「tea ceremony」と英訳される。たしかに、江戸時代以降の「茶道」は‘ceremony’にしかみえないが、千利休古田織部が、茶を‘ceremony’ととらえていたとは考えられない。茶は‘entertainment’「饗応」であり「饗宴」であったはずだ。
 その変化は、宗教がドグマティックに凝り固まっていく道筋によく似ている。 
 人が何かを作るとすると、それが作品となり、その人が作家となったとたんに、疎外が始まる。たとえば、井戸の茶碗でお茶漬けを食べたとしたら、その行為は野蛮と呼ばれるだろう。しかし、そもそも朝鮮の雑器を茶に使うこと自体、当初は野蛮だったわけである。その野蛮をお墨付きに変えなければ安心できない態度がつまり‘ceremony’だろう。北大路魯山人はその愚を笑うことのできた数少ない一人だろう。