『さよならテレビ』観ました

 映画版『さよならテレビ』を観るにあたっては↓この対談記事を読むことが強く推奨される。
xtrend.nikkei.com
 テレビ報道の裏側に取材したこのドキュメンタリーは、森達也監督の『i 新聞記者』と見比べれば、まるで、フィクションだ。非難じゃなく、トルーマン・カポーティが自作の『冷血』をそう呼んだように「ファクション」だろうか。
 主人公(?)の福島智之キャスターが帰宅しようとする姿をカメラが俯瞰で捉える。そこへ監督の土方宏史が話しかける。上の対談記事で

僕の中では自分の気持ちが最もストレートに表れたシーンは、登場人物の一人である福島智之キャスターに「リスクを負わずに表現するのは無理だと思う」と話をした場面。あれが自分の思いに近いと思います。

と語っている場面。話がこじれかける。そこに、福島智之キャスターの携帯が鳴る。心配した奥さんから電話がかかってきたのだ。「セシウムくん」問題をテレビ局が起こしたその記念日に帰宅が遅れていたからだ。完ぺきなタイミングだった。もしシナリオなら、書いた人は相当の手練れだ。それまでの議論にぐんと重みを加えていた。
 この福島智之キャスターに加えて、契約記者の澤村慎太郎さん、派遣社員の渡邊雅之君と、まったくみごとにキャラクターが粒だっている。
 上の対談記事で、インタビュアーの佐々木健一

僕自身は、番組内でまるで“ジャーナリストのかがみ”のように描かれる記者の澤村慎太郎さんに一番、イラつきました(笑)。・・・いわゆるドキュメンタリーかいわいでよく見るタイプで、「ドキュメンタリー」というジャンルに対する先入観が強く、保守的な人の代表格みたいですごく苦手。

と発言している。
 すると、監督の土方宏史が

それは今までの感想の中で1人だけです。佐々木さんだけ(笑)。

と返す。
 この佐々木健一というインタビュアーはNHKのシニアプロデューサーなどという肩書の人。監督の土方宏史は同業者とはいえ、東海テレビのディレクターなので、内心、佐々木の発言には承服していないと思う。
 すくなくとも、私個人は、いまのNHKの報道の在り方をみていて、佐々木氏のこの発言を聞くと、こころのなかでアラームが鳴る。澤村氏を「ジャーナリストのかがみ」のように描かれていると思い、「いらつく」というこのNHKシニアプロデューサーの感覚にはなにか異常なものを感じる。土方宏史監督が「それは佐々木さんだけ」という感覚がホントだと思う。
 『i新聞記者』に出ていた外国人記者が語っていた通り、海外ではジャーナリストはジャーナリストのギルドに属していて、そのうえで報道各社と契約している。一方、日本のジャーナリストは報道各社の社員にすぎない。しかも、かなりの高給取りの社員なのだ。
 このシステムの差が彼らをジャーナリストと社畜に分けている。海外のジャーナリストが職業倫理にシビアにならざるえないのと同じ強度で、日本の記者は上司の顔色をうかがわざるえない。そうした抑圧を理解してこそ、NHKのシニアプロデューサーが地方局の契約記者に「いらつく」心理が分かる。それはおそらく、毎日新聞の記者が望月依塑子にイラつくのと同じ心理だろう。
 最近の菅義偉官房長官の記者会見での回答はどれひとつまともな回答になっていない。にもかかわらず、それで平然と引き下がれるのは、記者クラブの記者たち自身が既得権益者の一部にすぎないことをよく示している。

それは今までの感想の中で1人だけです。佐々木さんだけ(笑)。

という、土方監督の(笑)の部分が、このドキュメンタリーを彼に作らせる動機のひとつだろうことに気づかないで、技術論に終始する佐々木健一氏の態度は、ある意味、NHKの「かがみ」だ。
 この映画は、他のドキュメンタリー映画フレデリック・ワイズマンの映画、森達也の『i 新聞記者』、メルベダード・オスコウイの『少女は夜明けに夢を見る』、あるいは、マイケル・ムーアの『華氏119』など、それぞれに特徴的なドキュメンタリー作品のどれにも似ていない。むしろ、スティーブン・スピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ』や、トム・マッカーシーの『スポットライト』に似ている。
 あまりにもよくできてしまったために、どんでん返しみたいなラストシーンが付け加えられているのだろうと思う。

「そういうものなんだ」という。それを別にいいも悪いも言ってなくて、ただその現実を提示したというのが、あのラストシーンなんです。

と、土方宏史は言っている。
 佐々木健一NHKシニアプロデューサーは、「テレビの闇」という言葉にもイラついているが、澤村記者の「テレビの闇はもっと深いんじゃないですか? こんなぬるい結末でいいんですか?」という言葉をラストシーンの直前に置いたのも土方監督なのである。

佐々木さんの“合わせ鏡”が見られてよかったです(笑)。

という土方監督の皮肉に全然動じない、NHKシニアプロデューサーのこの優越感はすごい。

全員がちょっとだけ嫌な気持ちになり、誰も手放しで喜べない番組だと思っているんです。そうじゃないと、この企画は失敗だという覚悟で作りました。

という土方宏史が一枚上手に見える。
 ラストシーンで観客はたしかに少しイヤな気分になる。それまで載せられていた手のひらから、突然放り出されるから。しかし、それも含めて、この映画は、バラエティ番組と報道の垣根がない、日本のテレビだから生み出したユニークなドキュメンタリー映画だと思う。


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