美女が本気で罵り合う『オーバー・ザ・リミット』

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オーバー・ザ・リミット

 
 ロッテントマトで満足度100%を獲得している。アメリカ人はなんだかんだいってロシアに興味津々なんだろうな。ニューヨークタイムズは「現実にあるホラー」と書いているが、よくもわるくも日本人の目にはそうは映らないだろう。
 いずれにせよ、映し出されているのはトップアスリートの世界なのだ。このアスリートたちが演じている表側、新体操の美しい演技と、その裏にある日々のトレーニング、どっちが虚構でどっちが現実かといわれれば、それはいうまでもないが、トップアスリートの現実もまた、わたしたちの現実とはたぶんまったくちがう。

 この映画の3人が、もし、トップアスリートじゃなかったら、この映画は「ごっつええ感じ」の「おやっさん」になってしまう。しかし、この3人がトップアスリートなのは練習風景からだけでもわかる。というより、何で叱られているのかが、こっちには全然わからない。「今の何が悪かったの?、すごいのに」くらいにしか思えない。
 監督のマルタ・プルスもそこは心得ていて、実際の演技のシーンはちらちらとしか映さない。むしろ、競技場の端にいて声をかけるコーチの姿を追う。
 彼らが交わしている会話、私たちには罵倒にしかきこえないが、彼女らの間では通じている。リタも、アミーナもときには抗議するが、でもそれは、相手の言っていることが理解できているから抗議するのであって、そういう彼らがすとんと呑み込む瞬間、言葉を呑み込んで次の行動に移る瞬間に、私はこの人たちがトップアスリートである証を見る気がする。
 それともうひとつは「恋愛禁止」みたいなバカなことは頭に浮かびもしないみたい。むしろ、「恋人のことを思い浮かべるのよ」とか言いさえする。リタがきれいだってことも否定しない。「あなたのその大きな綺麗な目に点が入っただけよ」みたいなことは言うんだが、これは、きれいなのが悪いっていってるわけではない。実際のところ、リオ五輪の金メダリスト、”リタ”ことマルガリータ・マムーン、コーチのアミーナ・ザリポワ、全ロシア連邦新体操総裁、イリーナ・ヴィネル、世代が違う女性たちだが、全員きれい。
 つまり、「きれい」も「恋人」も「へたくそ」も「すばらしい」も全部、むきだしの事実、ほめてるわけでもけなしてるわけでもなく、ただ事実なのであって、コーチと選手のあいだで、ことばを忖度するつもりがさらさらない。まったくウソのない言葉だけでつづられている映画ってのも、いくらドキュメンタリーでもそうはお目にかかれないと思う。
 マルタ・プルスは、粘り強い交渉でこの撮影許可を得たそうなのだけれど、撮影許可を得た時点で勝ってたようなもんだと思う。