『アングスト』ネタバレといえばネタバレ

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アングスト

 『アングスト』を観た宮藤官九郎は、「主人公の犯行がドジすぎてだんだん応援したくなる」と書いていた。確かに、ドリフのコントくらいドジ。実在の殺人事件をモデルにしているというフリが効いている。
 ちなみに、この文章にはネタバレが含まれるが、おそらく、鑑賞の妨げにならない。どんなネタバレを読んだ後で観ても、それを超えてくる。
 全編、主人公のモノローグで、刑務所を出所する主人公が「俺には計画があった」なんて言うのだから、どんな計画か知らないが、きっとあるんだろうなと思って見ることになる。
 主人公は殺人犯というより殺人鬼と呼ばれるのにふさわしくて、子供の頃に母親をめった刺しにしたのを皮切りに、見知らぬ老夫婦を射殺して10年いた刑務所を仮出所したその日なんだから、「10年温めた計画がある」と言うならあると思うでしょう。
 ところが実際は何にもない。タクシーの運転手の首を締めようとして靴紐をほどいてる。当然すぐにあやしまれて叩き出される。
 そんな調子で全て行き当たりばったりに行動しているのだが、彼の主観は「俺の計画が・・・」と呟き続けている。
 宮藤官九郎みたく応援したくはならないが、男ならこの主人公に、どこかしら自分自身の戯画を見るかもしれない。
 この映画の凄み、というか、もっとも悲しかったところは、3人の惨殺死体を詰め込んでいる車のトランクを警察官に開けさせられるラストシーン。
 警察官や野次馬が顔をしかめる。が、それを見ている主人公は、密やかな満足感を覚えている。悦に入っている。
 ここで、全編を貫くモノローグの手法が生きてくる。 
 カメラもあえて死体の映らないアングルから、まるで、手品師が大ネタを披露するような主人公のポーズを際立たせる。
 残酷なことをして見せて、人が嫌な顔をする、そんなことにしか自己実現を感じない、主人公の悲しさ。それは、彼自身がそれを悲しいと気づいていない、彼の誇らしげな様子で、さらに悲しい。
 死姦がリアルに描かれている映画も他にないのではないか。人は結局自分の性的嗜好以外は類推するしかない。しかし、死者に性的に興奮するのを理解するのは難しい。ましてやこの主人公は、今まさに手に持ったナイフでめった刺しにしながら、性的に陶酔している。シンパシーを感じるのは難しい。
 しかし、この主人公が、その行為に陶酔していることは、リアルに感じられる演出になっている。つまり、この映画は、女性をめった刺しにしながら性的に凌辱することにエクスタシーを感じて、そしてその死体を見た人が嫌そうな顔をすることに満足感を覚える、そういう人間をリアルに描くことに成功している、希有な映画だと言える。

 1980年代当時は欧州各国で上映禁止になった。
 こちらのサイト↓によると撮影監督は、ジョン・レノンの「イマジン」のMVを撮った人だそう。
www.banger.jp

 監督のジェラルド・カーグルは、この映画に全財産を投じて、業界を去ったそうだ。