『香川1区』

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大島新監督

 『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編で、去年の総選挙、小川淳也の選挙区、香川1区の選挙戦をレポートした。
 『なぜ君は総理大臣になれないのか』公開の翌年ということもあり、同じ選挙区で長年競っている平井卓也デジタル庁担当大臣の不適切発言もあり、小川淳也氏に有利に運ぶかという時に、日本維新の会が候補を立てることになり・・・。といったことでなかなか熱い選挙戦になった。
 香川1区の選挙戦を17年間、熱くしてきたのは、何と言っても小川淳也個人なのであり、それは、日本の選挙制度のもとでも有権者の関心を政治に向けることができる個人がいることに驚いたが、とは言っても、システムに改善すべき点がないわけがない。
 今回の映画のメインテーマではないが、カメラが自民党の組織選挙の現場を捉えていたのには驚いた。期日前投票の投票所のすぐ横のビルに、自民党が部屋を押さえていて、投票した人に、個人と所属会社の名を書かせているのだ。
 選挙権は他のすべての権利と同じく個人の権利なんだが、あのビルに次から次に吸い込まれていった人たちは、自分の選挙権を会社に明け渡しているわけだ。民主主義国家の国民としての権利を、よりによってたかが会社に譲り渡して平気でいる、それは奴隷じゃん。それが平気な人たちが民主主義国家を築けるわけない。
 マイケル・ムーア監督の『華氏119』に出てくるアレクサンドリア・オカシオ・コルテスの選挙戦と比べてごらんなさいよ。日本の選挙が歪んでいるのがよく分かる。
 今回の映画で面白かったのは、小川淳也さん、平井卓也さん、大島新監督、三者三様に感情的になるシーンがあるところ。フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーには絶対にありえない。たぶん、マイケル・ムーアでもないかも。
 小川淳也さんの弱いところは、奇しくも対立候補が指摘するとおり、野党の弱さと言い換えることができるだろう。とにかく、ころころ政党が変わりすぎ。これでは党を支える一般党員がたまったものではない。自民党公明党の組織選挙はひどいが、逆に、旧民主党議員は組織を蔑ろにしすぎている。これでは、選挙の度ごとにいちから始めているようなものだ。その意味では、あれこれ批判があっても、日本維新の会の党運営には見習うべきところがあると思う。今回の選挙でも、負けるのは覚悟の上で橋頭堡を確保したわけ。したたか。なので、自民党、その他の党、両方への批判票が維新に流れがち。その構造は理解すべきだろう。
 選挙戦が盛り上がることは民主主義にとって絶対に必要なことだと今のプーチンをみているとそう思う。ソ連崩壊後のロシアをなんとか立て直した功績については議論のないところだと思うのだけれども、今回のウクライナ侵攻をロシア国民が支持しているとは、ちょっと思えない。
 にもかかわらず、こういうことになってしまった。今のロシアを見ていて、昭和初期の日本に思いを巡らさない人はいないだろう。当時、満州とか上海で、軍が在留邦人を守るためとか、満州鉄道の護衛のためとか、いろいろごたくを並べたてて好き勝手していたのを、海外の人がどう見ていたのか、身を持って追体験させられるようだ。さぞかし軽蔑し、イライラさせられたことだろう。
 ロシアと日本が似ているところは、権力に対して一般人が弱いところだ。それは権力が集中していることに問題がある。「三権分立」というとどこかぼんやりする。その言葉自体が何かはぐらかしているような印象さえ受ける。「三権分立」は英語ではシンプルに「separation of powers」というようだ。英語の方が日本語より分かりやすいってどうなんだろうと思うが、英語の方が権力を分ける感じがはっきりする。しかも3つに限らない。英語の言い方だと、例えば、プロ野球コミッショナーだろうが、労働組合の長だろうが、有権者に選出された立場であれば、その有権者に責任を持つという意味で、大統領や総理大臣と同等の権力を持ちうるわけである。
 そういう民主主義の基本的な感覚を日本人は持っていない。で、三原じゅん子が国会で「ぶれいもの!」とか時代劇のお局さんみたいな発言をしても平気で国会議員を続けられる。
 「separation of powers」を実現するには結局のところ選挙によるしかない。その意味でもこの『香川1区』の熱い選挙戦はヒントになりうると思う。
 ただ、映画として焦点がぶれるので仕方なかったが、平井卓也氏のデジタル相辞任をめぐる内情については、もう少し複雑な事情があったと思われる。「干す」だの「脅す」だのという発言だけでなく、そういう発想でさえ大臣にあるまじきことだけれども、ただ、それが官僚からリークされるについては、官僚と企業のズブズブの関係がぷんぷん匂う。その辺のところ、平井卓也氏とのインタビューで切り込めれば、もう少し厚みを増したかもしれない。
 小川淳也さんは、初当選の頃に言っていた「50歳で引退」にこだわることはないと思う。芸能界で言えばバナナマンと同期なので。