『the Son/息子』ネタバレ

 この週末は『世界の終わりから』『the Son/息子』『ガール・ピクチャー』『パリタクシー』『レッド・ロケット』を観た。
 『the Son/息子』は、アンソニー・ホプキンスにアカデミー主演男優賞をもたらしたフローリアン・ゼレール監督の最新作で、『ファーザー』同様、彼の書き下ろした戯曲を映画化したもの。『ファーザー』はアカデミー脚色賞も受賞した。
 アンソニー・ホプキンスは『the Son』にも出演している。ヒュー・ジャックマンの父親役。漏れ伝わるところによると、この役はオリジナルの舞台にはなかったものだそうだ。ヒュー・ジャックマンが演じるピーターが父親に会いに行く件は、舞台劇では別の幕(場?)が必要になるので、オリジナルの舞台でここがなかったのはよくわかる。
 でも、映画ではアンソニー・ホプキンスのあのシーンがよく効いていた。「the Son」というタイトルが指してる息子は、普通に考えると、ゼン・マクグラスが演じるニコラのことになるが、あのシーンが入ることで、ピーター自身も「the Son」であることが意識させられる。見終わった印象としてはむしろニコラよりもピーターの方がタイトルの「the Son」ではないかと思えた。「a son」でも「sons」でもない「その息子」はピーターを指しているのではないかと。
 ゼン・マクグラスの鬱の演技が素晴らしかった。医学的な専門家がサポートしているのかもしれない。役者が「鬱」という言葉からイメージしてやってみましたっていうノリではないと思う。東出昌大の『草の響き』もよかったけど、今回は10代の少年の鬱ってことで、親から目線の「?」感がポイントだった。
 わからない。親だけでなく他人には鬱っていう心の状態はわからない。『草の響き』の原作者の佐藤泰志は結局自殺してしまった。
 前妻の元に残した息子が鬱になって突然一緒に暮らすことになった。現在の嫁さんとの間には生まれたばかりの赤ん坊がいる。来年の大統領選挙には参謀として参加してくれないかと打診されている。そんな時に、鬱になった前妻との息子と暮らすことになった。
 ピーターが意識しようがしまいが、ニコラは二重の意味で過去の亡霊なのである。ひとつは過去に捨ててきた結婚生活の。もう一つは、権威的で家庭をかえりみなかった父親と暮らした彼自身の少年時代の。
 理解できないニコラに対処しようとする時、ピーターもかつての父親と同じ態度を取ってることに気がつくのだけれど、それをどうすることもできない。
 ピーター自身はニコラが今そうしているように、今さら父親に向かって不満をぶつけることもできない。
 ピーターは、ニコラも自分と同じように、その少年時代の苦悩を乗り越えられるはずだと思っている。ニコラの今まさに経験している苦悩は、自分もかつて経験したことだと思っている。その時点で、ピーターはニコラではなく少年時代の自分に話しかけている。死んでいなかったのだ。それが亡霊というものだし。
 ゼン・マクグラスの病院での演技は、どこか『シックス・センス』の亡霊のような不気味ささえ感じさせる迫真の演技だった。今、話しているこの少年が生きているのか死んでいるのか、一瞬わからなくなる奇妙な体験をした。後から考えると、必死で嘘をついているその感じが、人間に取り憑こうとする亡霊の必死さを思い起こさせたんだと思う。
 その後、チェーホフの『かもめ』のような結末、と書くともう完全なネタバレなのだけれども、あの『かもめ』のラストは初演当時大評判になったそうだ。
 この映画のラストは少し違う。後日譚、ピーターはまだニューヨークにいる。ということは、ワシントンには行かなかった。そして、今は彼自身が鬱に陥っているように見える。
 何かエディプス王の物語のように、自分があずかり知らない宿命に導かれて、自分自身の運命に復讐される、ギリシア悲劇のような古典的な骨太なドラマを観たような気分になる。
 大統領の参謀になるはずだった人間が自らの運命に呪われる。チェーホフの現代版でありつつ、エディプス王の現代版でもあるわけで、そりゃ鑑賞後感の満足度は深い。


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