『カラヴァッジョ伝記集』

knockeye2016-08-18

カラヴァッジョ伝記集 (平凡社ライブラリー)

カラヴァッジョ伝記集 (平凡社ライブラリー)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2016/03/10
  • メディア: 文庫

 いま、横浜そごう美術館で、レンブラントのリ・クリエイト展をやっている。
 このリ・クリエイトっていうのは、要はコピーにすぎないんだが、何と言っても昔と今では複製技術のレベルが格段に違う。今の技術の粋をあつめて複製画を創ったらどうなるんだろう?、なんてことは、昔から考えられてきたことのようで、吉田健一の小説にも、そんな複製画のギャラリーを作る男が出てくる。
 今は、福岡伸一がそれに取り憑かれていて、去年か一昨年だったかに、現存するフェルメールの絵をすべてリ・クリエイトして展覧会をした。それが、ヴァルター・ベンヤミンの言うように「絵画の“アウラ”を凋落させる」ほどのものかどうか興味津々だった。
 そんなわけで、ちょっと期待しすぎていたせいもあって、肩すかしな感想だった。もっと絵の具の匂いがするくらいみずみずしいのかと思ってた。ホンモノを横に置いて見ているわけではないので、なんとも言えないが、特にマチエールが、こんなものなのかなぁって感じがした。
 つまりこういうことかも。絵画だけでなく絵画のアウラも込みで複製して見せて欲しいのかも。

 ただ、会場は写真撮り放題です。そりゃそうですわ。これで、撮影禁止だったらシュールです。この上の絵の原画は、どこかの変な奴が硫酸をぶっかけてしまってダメになってるらしいです。

 フェルメールのこれもありました。ゴッホの2作品は、ご自由におさわりくださいとなっていたのでもちろんさわりました。ゴッホのゴツゴツした表面は再現しやすいのかも。レンブラントのはなんかマットっぽい表面に見えちゃったんです。照明のせいかも。
 ショップに『カラヴァッジョ伝記集』があったので買いました。
 カラヴァッジョは、今年5月に上野で観たけど、トロンプルイユっていうか、モチーフが今そこにいるかのように描くことをよしとしている印象を受けた。そうでないと、メドゥーサの首を盾に描くって発想はないと思う。

 ほとんど下絵を描かず、モデルを前にカンヴァスに直接、絵の具をのせていく描き方だそう。そんな水墨画みたいな油絵の描き方をしてあのクォリティはすごい。

 でも、生活は無茶苦茶だったみたいで、高級娼婦の元締めみたいなことをしていたラヌッチョ・トマッソーニつう人を殺してます。詳しい事情は分からないようですが、偶然のケンカを装って、その実、決闘だったようです。それで死刑になったのかというとそうではなく病死したみたい。一度捕まったけど脱獄したそうです。
 シェークスピアと同時代人だけど、まるで、シェークスピアの戯曲を地でいくような。40そこそこで死ぬのは、当時の庶民としては、そんなに早死にでもなかったかもしれません。むかし、小耳に挟んだデータでは、シェークスピア時代の庶民の平均寿命は35歳くらいだったはず。貴族は60くらいまで生きるので、庶民と貴族はちがう生き物だと本気で思ってたとか。
 当時、反目していた画家が、カラヴァッジョとその仲間が自分を誹謗していると訴えた裁判の記録に、カラヴァッジョたちが作ったと言われる2編の詩が残っている。
 ひとつは

お荷物のジョアン、てめえは何も分かっちゃいねえ
てめえの絵なんぞクソくらえだ
どう見たって
ビタ一文
稼げる代物じゃねえ
てめえのでけえカンヴァスでできるのは
ぶかぶかのデカパンがいいところさ
てめえが見せるのは
クソ様のお描きになった作品だ
まあ、てめえの描いた
デッサンもカルトン
乾物屋のアンドレアのところへ持っていくんだな
そいつでケツを拭くか
でなきゃ、マオの女房のあそこをふさぐんだ
そうすりゃ、奴のロバみてえなペニスでナニをしなくてもよくなるぜ
絵描きの旦那、お世辞も言わないで、ご容赦を
てめえが下げてる首飾り、てめえにはもったいねえ
てめえは絵描きの面汚しだ

もう一編は、

まったく、金玉野郎のジャンときたら
(以下略)

 まあ、これはカラヴァッジョが書いた詩ってわけじゃないけど、感動的なのは、技術の圧倒的な高さにもかかわらず、絵の方にもこの野蛮さが表れている。聖女の絵を描くのに娼婦をモデルにしたっつって、どこかの教会に受け取りを拒否されたりしている。
 さっき書いたように、カラヴァッジョの絵にはすべてモデルがいたから、カラヴァッジョの絵の人は、みんな実際にいたってことで、実際にいた娼婦の絵は、いもしない聖女の絵より価値があるだろって、カラヴァッジョの絵を観ると、その説得力は確実にあると思う。