『春江水暖』

 『春江水暖』は最近に観た映画の中でまっさきに書いておきたいと思う映画。
 『シン・エヴァンゲリオン』の映像美と比べても、南宋時代の絵巻物を意識したと監督が語るロングショットは引けを取らない。それに、エヴァンゲリオンの方はもう興収七〇億を突破しているのだし。
 『ミナリ』と比べても、東洋の家族の物語として、こちらの方に興味がそそられる。監督のインタビューによると、最初の構想では5時間になる予定だったそうだが、中国では2時間半を超えると興行として成立しないと言われて泣く泣く縮めたそうなのだけれど、それは、中国に限らないと思う。スコセッシの『アイリッシュマン』だって3時間半。でも、あれは、Netflixの配信がメインだから。その連想というわけではないと思うが、『アイリッシュマン』とか『ゴッドファーザー』とかと比べたくなる濃密な家族の物語。
 『春江水暖』の「春江」は富春江という河で、この場所は、三国志孫権が呉を開いた場所だそうだ。この映画の英語のタイトル「Dwelling in the Fuchun Mountains」は、富春山居図という14世紀の絵巻物のタイトルそのままで、監督の意向も、絵巻物として見てほしいそうだ。
 実際、富春江のロングショットがそれだけで美しい。今の加茂川を中心に同じようなロングショットで京都を撮っても、こんな風には美しくならない。中国が過渡期であるには違いない。現に映画の中でも製紙工場の汚染で河が汚れ始めていることにも触れられている。しかし、まだ昔の面影を忍ぶことができる。その意味で、奇跡的な一瞬を映し出す作品なのかもしれない。
 主人公を4人兄弟にしたのは四季それぞれに1人ずつの物語を当てはめて撮りたかったからだそうだ。4人兄弟なので彼らがひとりっこ政策以前の生まれであることがわかる。岩井俊二監督の『ラストレター』の中国版『チィファの手紙』では、脚本段階でその辺のことが問題になったそうだ。が、あの映画ではあの姉弟がいないと成立しないので「田舎ならありえたかも」ということにしたらしい。
 ちなみに、グー・シャオガン監督はインタビューで日本映画について聞かれて「岩井監督の青春映画が、映画を好きになる最初のきっかけになった」と答えている。欧米や韓国とこのあたりに感覚の違いを感じる。岩井俊二のリリシズムに共通した感覚を持っているように感じる。
 この映画は3部作の予定らしい。この先どう展開するのか想像もつかない。
 中国の文化水準の高さに疑いを抱いたことはない。出光美術館白磁の婦人俑を見たときにはちょっとかなわないとおもった。同じように陶俑を比較すると日本のものはもっと猥雑で享楽的、韓国の陶俑は見たことがないけれども、李朝の陶器のおおらかさや素朴さもともに魅力的だけれども、あの白磁の婦人俑は洗練を極めていた。それは、自分たちが世界の中心であることを一度たりとも疑ったことのない洗練だと思えた。
 『春江水暖』は単に優れた映画というだけでなく、ハリウッドにも欧州にもない、全く新しい文体でそれを成し遂げている。そしてその文体が自分たちの文化に発していると堂々と主張している。小津安二郎黒澤明ではなく真っ先に岩井俊二をあげるイメージは他の国にはない。
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