『福田村事件』絶賛公開中

 満席の映画館が久しぶりで、まずそれに感動した。満席だけでなくてチケットが買えずに帰る人もいっぱいいた。ミニシアターでこういうことってそんなに体験しない。遠方から来てる人もいたみたいで、帰りに駅までの道を聞かれた。
 ドキュメンタリーで有名な森達也監督の初劇映画として注目度抜群なのはもちろん、何と言っても企画、脚本に荒井晴彦の名前がある。この人はもう巨匠なんで、この人が脚本に関わっているかぎり、ある水準以上のものは必ずできる。
 その前にまず一言感想を書くと、とにかくむちゃくちゃ面白い。パンフも買ったけれど、面白すぎて福田村事件の研究者からは懸念の声が寄せられていた(その対談の議論がまた面白いけど)。なので、福田村事件について知識0で臨んだ方が全然楽しめると思います。そう。先に深いところまで知っていたらここまでエキサイトできなかったかもしれない。
 話がズレるけれど、宮沢賢治を扱った『銀河鉄道の父』なんかは、個人的には観にいけなかった。国柱会の問題まで描いてるはずないな、とか、同性愛的な傾向とかまで踏み込んでるはずもないな、とか、考え始めると、いくらエンタメとわかっていても、観てもしょうがないか・・・ってなる。
 その点、この福田村事件は、実は、史実的な検証もまだ日が浅い、というと、それこそ研究者の人が眉を顰めるだろうけれど、一般の観客にとっては、やはりそう言って間違いないと思うのだ。
 もちろん、この映画のチームもすごく勉強していて、さっき言ったように、パンフレットの研究者の方との議論でも一歩も譲らず組み合っていた。
 私たち観客は、だから、この映画をきっかけに知り始めればいいと思う。その端緒としてこの映画はとにかくすばらしく面白い。
 やっぱ思ったけど、映画は面白いのがいちばん。難点を上げるとしたら、水道橋博士の演技だけまわりのキャストとの比較で一段さがる感じはあるけど(年齢的にも合ってない気がした)、それは、シナリオの骨格がしっかりしてるので、瑣末なことですね。
 繰り返しになるけど、福田村事件へと流れ込んでいくシナリオが見事なんだ。井浦新さんによると、第6稿、第7稿あたりでグンとブラッシュアップされたそうだ。
 シナリオ全体が福田村事件へと流れ込んでいくのとシンクロして、『福田村事件』ってこの映画自体が成立していく過程も面白い。
 そもそも何年か前から森達也監督がこの事件を映画にするためにクラウドファンディングをしていたのは知ってた。Newsweekのコラムでも扱ってたかな。
 しかし、それとはまた別に(と言ってももともとは森達也さんの文章が発端なんだけど)荒井晴彦さんも福田村事件の映画化に動いていたそうなのだ。脚本に名を連ねている佐伯俊道さんを監督に、もうロケハンまで進んでいた。そんな折に、ある授賞式の会場で、荒井晴彦さんと森達也さんが出会うんだ。
 それで一緒にやろうってことになる。その痕跡が、いろんな群像が福田村事件に流れ込んでいく過程にほのみえるのがすごく面白い。
 つまり、このキャストはたぶん森達也さんの最初の構想の人物だろうな、とか、この人は荒井晴彦の企画じゃなきゃ出てこないよな、とか。
 共同作業がうまくいった好例だと思う。作家性の強い1人の作家の作品だと、どんなに優れた作家でも、やっぱり弱いところ強いところが出るわけじゃないですか。
 パンフには森達也監督のインタビューも荒井晴彦さんのインタビューも載ってるんだけど、それより映画の方が深いから。
 ふつう映画を観た後パンフを読むと、ああ、あそこはそういうことか、ってなるんだけど、この映画の場合、パンフが映画の感動を超えない。アナザーストーリーなんですよね、たとえばM-1の。
 興趣を添えるけれども、なるほどそうかってことは何もない。映画は映画で全て完結してる。森達也ってドキュメンタリー作家と荒井晴彦って巨匠脚本家はまったく別の次元で映画を作ってる感じがあって、その意味で映画が重層的になる。しかもキャストにまたそれぞれの思いを感じるから。井浦新永山瑛太、木竜麻生、ピエール瀧東出昌大柄本明、カトウシンスケ、とこう上げていくと、水道橋博士の存在も、上手い下手とは別次元で見えてくる。
 キャストの名前全てはもちろんあげられないんだけど、他にも田中麗奈さんとかコムアイさんとか、とうていインディペンデントのキャストじゃない豪華さなんだよね。
 映画が成立していく行程という、この映画がこの世に生産される道筋の社会性も確かだし、それに加えて、森達也ってドキュメンタリー映画の旗手の視点と、荒井晴彦というエンタメの巨匠の視点が、複眼的にシナリオを支えているし、ちょっとここ数年にないスケールのでかい日本映画だと思う。
 日本国内だけでしか公開しないのは勿体なさすぎる。カンヌ、ベルリン、ヴェネチアのどれかで賞に引っかからないとはとうてい思えない。
 ちなみに最初のロゴからもうカッコいいから。その時点でもう、いい映画だと思ったわ。



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