令和ロマンはM-1を変えたか

 川瀬名人が言うには令和ロマンだけがお客さん向けの漫才をしていた。これは当たり前みたいだけど、でも、M-1のお客さんが見にきてるのはそもそもM-1であって、漫才を見ているのは審査員であるはずだった。
 よく言われるように初期の頃のM-1はもっとピリピリしていた。点数も談志師匠が50点付けたりとか、山田邦子の比じゃなかった。
 そのころの芸歴制限は10年以下だったので、審査員との芸歴の差は歴然だった。審査員に噛み付くなんてことは、やっぱり、芸歴制限が15年だからこそ起こったことだと思う。
 だから、出場する漫才師も、お客さんに向けてよりも、審査員に向けて漫才をするのは当然だった。
 それが芸歴制限が15年になってから徐々に変質してきたと思う。15年も芸歴があるコンビは、差をつけるのが難しくなった。
 今回の大会も準決勝ですら誰もが面白かった。システムが変わって準決勝の方が面白かったのではないかと思えるくらい。
 M-1優勝は運だとよく言われるようになったし、それに説得力がある。大会当日いちばん良かったコンビが優勝するだけだと。
 審査員の点数も慎重にならざるえない。なので、その日の基準となるトップバッターにはあまり高い点はつけられない。だから、トップバッターは優勝しづらい。現に、トップバッターの優勝は、第一回大会の中川家以来、この令和ロマンまで無かったことだった。
 令和ロマンもそれがわかっているので、トップバッターを引き当てた段階で、客をつかむことに専念したのではないか。彼らは決勝用に4本ネタを用意していたという。
 その中で、優勝を狙うよりも印象を残すネタをチョイスしたのではないか。それが「令和ロマンだけが客に向けた漫才をしていた」ってことの内容。
 で、そう言われて振り返ってみると、去年の大会もお客さんに向けて漫才をしていたのはウエストランドだったといえる。
 というか、ご承知のとおり、第一ラウンドの最終組で、第二ラウンドのトップになって、二本とも同じシステムの漫才をやったことで、コンテストの緊張感をバラしてしまった。
 緊張の緩和(桂枝雀の論理ね)が笑いだとすれば、ウエストランドM-1全体をひとつのフリにして笑いをとったのである。
 2022年のM-1に関しては「さや香の方が上だったけどね」っていうイジリがしばらく流行った。何なら、爆笑問題太田光がいちばん喜んでやってた。
 だけど、これ、実はマジだと思う。漫才の出来だけ見れば、さや香の方が断然上だったと思う。今年もさや香は決勝の3組に残ったが、その勝負ネタはまったく客受けしないのがわかってるネタだった。でも、漫才師が漫才で競い合っている以上、それが本来の姿だろうし、さや香の方がよりM-1のコンテスタントらしかったと言えるはずだった。
 これを考えると、端的に言えば、競技漫才としての技術の高いトガった漫才はM-1の笑いのフリになってきている。8000組を超える漫才師の頂点に立つ10組が真剣に芸を披露する、その中で、それをうまくスカした漫才師が優勝するって流れになってきている。
 一面で言えば、M-1が飽きられてきているとも言えるが、しかし、すべてのコンテスタントが真剣であるからこそフリが効くわけで、ウエストランドの場合も、令和ロマンの場合も偶然の要素が作用しないと起こらなかった現象でもある。
 敗者復活から6時間も漫才を見せ続けるってコンテンツが成立する、そして、それがダントツの視聴率を稼ぎだすって、令和ロマンがM-1を変えたというよりも、M-1が絶頂期をむかえているって事態なんだと思う。島田紳助が漫才への恩返しとして始めた当初と比較すると、ある文化の爛熟期を私たちは目撃しているんだと思う。


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