『Here』『ゴースト・トロピック』

 ベルギーの映画監督のバス・ドゥヴォスという人の作品『ゴースト・トロピック』(2019)と『Here』(2023)を続けて観た。
 「ほぼ日」によると、ベルリン映画祭で一目惚れした人が買い付けてきたらしい。
 出演者やオシャレなクレジットが共通していて、独特の文体が確立した作家性の強い監督なのかなという印象を受ける。
 どちらかというと『Here』の方がわかりやすい。
 高層ビルの建設現場で働く男性が2週間の休みの間に故郷のルーマニアに帰ろうと考えている。EU発祥の地であることと移民に寛容であることは印象として矛盾しない。
 何となくアキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』の男性と雰囲気はかぶる。こちらはアル中でこそないが、よるべなさの由来はむしろはっきりしている。アパートの窓から自分が働いている建設途中のビルが見える。帰郷の後にはそのまま戻らないかもしれないとも思っている。
 一方の女性は、コケの研究をしながら大学で講義を持っている。中華料理店を営む伯母とは中国語で会話することから、彼女も二世や三世というわけではないのかもしれない。最近、何を食べても味がしないという悩みを抱えている。
 さて、この2人がどうやって出会うか。あなたが映画監督ならこの2人をどう出会わせる?。だが、そう思っている時点でもう映画の魔法が効いてきている。あとは線路脇の遊歩道をひたすら歩くだけでもいい。
 『ゴースト・トロピック』も、ひたすら歩く。ヒジャブを被った初老の女性が主人公。ビルの清掃を終えたあと最終列車で寝過ごして自宅まで歩くことになる。
 ひとつにはブリュッセルの深夜は初老の女性ひとりでもさほど危険ではないってことがわかる。
 ホン・サンスの『それから』だったか、ソウルの夜の町が、こんなに人がいないかってくらいいなかった。ブリュッセルも負けてない。日本が異常なのかもしれない。島田紳助が初めて大阪に来た時、「祭りか?」と思ったそうだ。もっとも京都の夜は確かに静かだ。
 子供の頃、豊中市に住んでいた。駅に行くためにわたる千里川という川に沿って、ある夜ひたすら歩いてみたことがあった。中学生のころか、たぶん眠れずに抜け出したのだろう。特に当てもなかったが、ひたすら歩くと滑走路の端に行き着いた。頭の上を爆音を上げた飛行機が通り過ぎる。あそこは今は観光名所になっているはずだ。今はナイトフライトはしていないかもしれない。
 ちょっとそんなことを思い出した。普段歩かない深夜の街を歩く。渋谷や新宿のような夜の街ではないからこそ意外な出会いがある。
 ただ、この映画の秀逸な点は、彼女の彷徨の最初と最後を無人の部屋の長いショットでくくっているところ(今こう書きながらこれが『Here』だったか『ゴースト・トロピック』だったか自信がなくなった。ご自身で確かめてください。)。主人公が人ってわけでもない。そんな静謐さが映画全体を包んでいる。
 「ゴースト・トロピック」というタイトルと最後のビーチの描写は難解だった。今もヒジャブを着てる彼女があんな風にビーチではしゃぐ過去がありえたのか?。それとも、歩き始めた最初のところにあった観光広告のイメージからくる妄想なのか?。あるいは彼女の娘の将来に思いを馳せているのか?。
 どうも監督インタビューによると解釈に幅を持たせるオープンエンディングにしたかったみたい。そもそもストーリーのある映画ではないわけだから。

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