『侍タイムスリッパー』ネタバレ

 とうとう近くのTOHOシネマズまで拡大してきたので。
 名作はみんなそうかもしれないが、これもいろんな条件が奇跡的に噛み合って生まれた映画だけれども、とはいえ、エンドクレジットを見ると、監督の安田淳一の八面六臂ぶりに驚かされる。彼がほぼ手弁当で作った映画だとわかる。
 そういう自主制作映画だと映像のクオリティは落ちるものだが、今作品はそういうことがないのは、安田淳一が長年ビデオ撮影業を生業としてきたために、今は米農家なんだけれども、機材と技術は豊富にあったってところが、そんじょそこらの自主制作映画とは違うプロの仕上がりの所以らしい。
 それに加えて、東映京都撮影所の全面協力が得られたのも大きい。それというのも「脚本が面白いから」だそうなので、良い脚本ってのは強い。
 キャストも自主制作映画としては豪華。主演の山口馬木也も敵役の冨家ノリマサもオファーを受けた理由に「脚本の面白さ」をあげている。
 とはいえ、これが時代劇全盛の頃ならば、協力したくてもできなかったに違いなかった。そういうメタ的な状況も脚本の背景にあるのが、この本の優れているところ。映画作りについての映画である点は、確かに『カメラを止めるな』に共通している。
 でも、そのさらに階層の上のメタ的な視点で言えば、幕末の会津藩士か現代にタイムスリップするってのは、徳川家康が総理大臣になるとか、高校生が信長になるとかとはまた別。
 というのは、私たちは実は、時代劇でしか侍を知らない。わたしたちが認識している侍は時代劇の侍にすぎない。だから、タイムスリップしたら侍がシェフになったとかは、実は時代劇の芝居を現代劇に持ち込んだって面白さにすぎない。 
 ところが『侍タイムスリッパー』は侍が、時代劇の撮影現場にタイムスリップしてしまうので、表現としては実はすごく難しい。ホンモノの斬り合いをやってた侍が、時代劇の殺陣の動きにアジャストしてゆく過程も面白いし、そこにホンモノの侍ならではの工夫を加えてゆくのもリアリティがある。
 が、この脚本のすごいところは、っていうかこの映画のすごいところは、映画の殺陣をもう一度、ホンモノの斬り合いに引き戻すところ。その二重構造のフリを経た後の殺陣の迫力はハンパない。「そんなことしたら死ぬぞ」って本気で思っちゃう。いや、そうなんだけど。
 殺陣ももちろん「殺陣技術集団・東映剣会」の全面協力。高坂新左衛門(山口馬木也)が弟子入りする殺陣師関本はその会長の峰蘭太郎が演じている。
 ネタバレと書いたけれどもこの先のネタバレはやっぱりやめとく。主人公が会津藩士なのがやっぱり効いている。日本の近代が、世界の近代と同じく終焉を迎えた今振り返れば、高坂新左衛門と私たちは同時代人だったとさえ言えるのかもしれない。

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