点鬼簿

knockeye2012-11-01

 桑名正博が死んだ。59歳。
 大阪のお金持ちのボンだったことは知っていたけれど、桑名興業の‘七代目’というからお金持ちというより‘素封家’なんていう古い言葉のほうがしっくりくるのかもしれない。
 お父さんが亡くなった後、傾きかけた家業を継いだまでは知っていたが、その後の消息は知らずにいた。8年前に破産していたのだそうだ。パナソニックやシャープが経営難に陥るご時世だから、それはまあ無理もなかった。芸能人として成功していたのだから、家業を継がないという選択もありえたと思うが、こういう締めくくり方もいいのではないかと思う。
 週刊文春に小さな記事があった。記者が桑名正博のex−wifeアン・ルイスの連絡先に電話したそうなのだ。そのとき、応対に出た女性がこう言った。

「彼女は今いないけど、話したくないと思うわ。・・・なんで私の番号がわかったの?」
あなたのお名前は?
「バイオレット」
そう告げて電話は切れた。

 アン・ルイスかどうかわからないけれど、アン・ルイスらしい話。
 こないだ篠山紀信の写真展を観にいって、ノスタルジーを刺激されたというわけでもないのだけれど、「山口百恵トリビュート」というCDを聞いていた中に、アン・ルイスの「イミテーション・ゴールド」があって、アン・ルイスの声がまだ耳に残っていた。
「バイオレット」は、たしかにアメリカ女性の名前でもありうるが、どんな発音だったかなと思ってみた。アン・ルイスの日本語は、思い出してみると信じられないくらい上手なんだけれど、どこかバタ臭くて、それは、旧家の七代目の日本人ロッカーと奇妙に響き合っていたのかもしれない。
 もうひとつ思い出したのは、桑名正博がダウンタウンのHEY!HEY!HEY!に出てた時、松田優作と最後に飲んだ時の話をしていた。
 桑名がいつもどおり「優作、優作」と気楽に話し掛けていると、松田は突然「‘優作さん’だろっ!」と。「なんでや?今までもふつうに‘優作’ていうてたやんけ?」と、怒るというより驚いていると、そのまま消えてしまったそうだ。
 そのころ松田優作は、自分がもうすぐ死ぬことを当然知っていたわけで、そういう酒の席の気の置けない会話で、昔からの友だちがこれからもふつうに生きていく、その意味が、突然襲いかかってきたんだと思う。