『関心領域』ネタバレ

 毎週のように映画画を見てると「ホロコースト大喜利」とも言うべき一大ジャンルは避けて通れないし、それに名作も多いのだけれど、今年は特に、虐殺された人たちの子孫が今は虐殺する側にまわっていると思うと徒労感が募る。
 ジョナサン・グレイザー監督は、ジャミロ・クワイのMVを撮った人で、映画にシナリオの影を感じさせない。説明的なセリフやシーンは皆無。撮影方法が古典的な映画の手法を全く無視している。
 役者たちはカメラがどこにあるのかさえわからない状況だったという。隠しカメラの映像をスタッフたちは地下室のモニターで見ていたそうだ。
 ザンドラ・ヒュラーは、『落下の解剖学』の時とは全く違う役を見事に演じていた。
 映画の舞台となるルドルフ・ヘス邸は現存する実際のヘス邸で撮影したかったらしいが、ユネスコの歴史遺産なので断念して、近くの廃屋を改装してセットにしたそうだ。
 アウシュビッツの収容所が残されているのは誰もが知っている。が、その所長だったルドルフ・ヘスの家が、そこに隣接して残されているのはあまり知られていなかったのではないだろうか。
 収容所を作った男が、そこに壁を接して自宅も作ったとは。この映画に最も重要な音響は、ヘス邸から収容棟までの距離、また、そこに連行された人数、行われたことなど記録から計算して綿密に設計されているそうだ。
 つまり、当時のヘス家の人たちには実際にああいうふうに聞こえていたはずだということだ。川遊びをしていて、ユダヤ人の骨が流れてくると慌てて飛び出て身体を洗いに帰るくせに、あの音と煙が平気だったのは何故なんだろう。
 所長権限でユダヤ人の女を呼んで来させる。事が終わった後、下半身だけシャワーを浴びている。清潔という概念は差別を内包しがちなのかも。
 映画は見事な転換点で現代のアウシュビッツ記念館につながる。この映画はアウシュビッツ記念館に隣接する、旧ヘス邸に注目したところから始まっていることに異論はないだろう。
 ジョナサン・グレイザー監督は、アカデミー国際長編映画賞受賞スピーチで
「私たちは今、あまりに多くの罪なき人を巻き込む紛争に至った占領によって、ユダヤ人としての自分の存在とホロコーストが乗っ取られてしまった、そのことに異議を唱える者として、ここに立っている」
と発言した。
 
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 映画を見ながら、一方で「イスラエルって国がなければ世界はどれだけ平和だったかな」と思ってもいた。そういう自分の関心領域もこの映画は照射してしまうわけである。

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