吉朝師匠の訃報その後

吉朝師匠の訃報が「ホリイのずんずん調査」というところで取り上げられていた。この堀井憲一郎という人は、こないだ「爆笑問題のすすめ」にも出ていた。私と同じく関東に暮らす関西人。吉朝師匠の訃報にはしばらく気が付かなかったそうだ。自分だけじゃなくてほっとした。訃報についての記事というと小林信彦さんもその話題で、ただしこちらは中北千枝子という女優さんの死亡記事が不当に小さいという苦情。そういわれると確かに知らないなぁ。「吉朝死す」という上方落語にとっての一大事件も、興味ない人にとっては「へぇー」でおしまいだろうなぁ。

すくなくとも、訃報に写真が付いていないというのはおかしい。いつか、初期の黒澤作品の主演者である藤田進が亡くなった時、記事が小さく、写真もないのでショックを受けた。いま調べてみると、一九九〇年。そのころから、マスコミはおかしくなっていたのだ。

って書いているけど、そこまで言うことはない気がする。たとえば堀口大学西脇順三郎は相次いで世を去ったが、(今調べたら堀口大学が1981年の3月15日、西脇順三郎が1982年の6月5日。)片方は新聞の一面にでかでかと載り、片方は小さな囲み記事だった。不当な扱いだし、ショックを受けたが、マスコミがおかしくなったとは思わなかった。もともとたいした連中じゃないじゃないか?
マスコミは重要だろうか?松本サリン事件の時のえん罪ぶりを見ていて、新聞の正体が分かったと思っている。善意の通報者で、しかも被害者の一人を犯人に仕立て上げて、さんざんバッシングした挙げ句に謝罪もしない。それはイラク人質事件でもまったく同じだった。新聞記者という人種は、一部にまともな人もいるのだろうが、大半はバカだと考えて間違いないだろう。自分の頭で判断しているのではなく、情報の通過点に突っ立っているだけだ。耳ざといだけの下世話な奴らだ。
小林信彦さんの今週のエッセーの冒頭、

もはや旧聞といわれるかも知れないが、十一月六日に歌手の本田美奈子さんが急性骨髄性白血病で亡くなった。享年三十八。

を読んで思い出した。享年の下に歳を付けちゃいけないというのは、小林信彦さんの文章で学んだのだった。