高橋是清と東條英機

 この二冊の本を連続で読んだらすごく面白い。ぜひオススメ。
 明治と昭和の印象はすごく違うと思うのだけれどどうだろう。明治の明るさ、昭和の暗さ。明治の誇らしさ、昭和の恥ずかしさ。わたしにはそんなイメージ。この二冊を読むとそのワレメがつながる感じ。
 日露戦争開戦直後、ロシアの名将として名高いステパン・マカロフ中将が戦死した。乗っていた艦船が機雷に接触するという、ほぼ事故死に近い死に方だった。
 そのちょうど翌日、アメリカのユニバーシティ・クラブのパーティーで演説した金子堅太郎男爵は、演説の最後をマカロフ中将への弔辞で締めくくった。これは当時のニューヨークタイムズにも記事になり賞賛された。
 ところが、それから40年ほど降って、太平洋戦争のさなか、1943年の日華基本条約改定で、日本軍の撤去、日本の駐兵権の放棄が明記されたとき、「はじめからそうしてりゃ日支事変なんて起こらんかっただろうが?」と(言い方は違うけれど)突っ込まれて、東條英機って人は
「事実として支那に日本軍あり。(略)戦後は勝ってしまえば心配なし」
と言ったそうなのだ。勝ってしまえばどうにでもなるってことなのだ。卑しいにもほどがある。
 しかし、陸軍が固執したこの駐兵問題を、日露戦争の時点から遠望するとため息をつくしかない。というのは、高いコストをかけて日本軍を大陸に駐留させておく必要があったのかといえば、実は、満州鉄道は、アメリカの鉄道王ハリマンが日本政府と折半して出資する寸前まで話が進んでいた。一時は、桂首相とハリマンの間に協定書まで交わされていた。
 これが実現していれば、中国での陸軍の暴走もなかったかもしれない。ポーツマスで賠償金がとれなかったために、満州鉄道に外資を入れることは、大衆の不満を考えると、できなかったということもある。
 もうひとつには、イギリスの東インド会社をまねて、満洲鉄道を、日本が軍政を敷く隠れ蓑にしようという目論見があった。後藤新平の発案だったそうなのだが、その結果した事実からも明らかなように、そんな経済力も人材もまだ日本にはなかった。また、さらに重要なことは、それは、日露戦争のコストを外債で調達するにあたって日本が提唱した「門戸開放」に対する裏切りだった。
 これを諸外国がどう見ていたかといえば、駐日英大使マクドナルドが伊藤博文に宛てた私信に
日露戦争に際し諸外国が日本に同情を寄せ軍費を供給したるは、日本が門戸開放主義を代表し、この主義のために戦うを明知したるがためなり。然るに、(略)今日のままにて進まば、日本は与国の同情をうしない、将来開戦の場合において非常なる損害を蒙るに到るべし。」
とあるそうだ。
 ポーツマス条約に怒って暴れた日本の大衆は、この戦争の戦費のほとんどが外国からの借金で賄われていたと知らなかったと思う。彼らに課せられた重税なんかではとうてい賄えなかった。
 それだけでなく、そもそもその借金すらできるかどうかあやしいものだった。日本の外債といったものに当時どれほどの価値があったか想像してみればわかる。この発行のために奔走したのが高橋是清だった。二・二六事件で陸軍に惨殺されるが、彼がいなければ日露戦争に勝つどころかそもそも戦争そのものが不可能だった。
 『日露戦争、・・・』には、当時のさまざまな事件につれて、日本の外債の値動きがどう動いたかがグラフで一目瞭然にわかる。先程の金子男爵のスピーチ後には値を上げているが、鴨緑江会戦で勝った時には逆に値を下げている。だんだんとロシア領内に誘い込まれているにすぎないからだ。
 戦争の実態を西欧の投資家たちは冷静に見ていた。そして、高橋是清はそういう投資家たちに伍して、資金を調達しなければならなかった。
 金子堅太郎は開戦前から、停戦の仲介のためにアメリカに派遣されていた。かれがセオドア・ルーズベルトと同窓だったからだ。
 高橋是清や金子堅太郎を派遣した明治の元勲は、たしかに国際的な政治意識で日本の国力や国際情勢を見ていたと言えるだろう。
 ただ、日露戦争後は、満州は兵士の血で贖ったものという呪縛に囚われて、というとかっこよすぎるか、それをのひとつ憶えの題目のように振り回して、軍部が暴走することになった。
 東條英機も何度となくこのお題目を繰り返す。ちょっと虚をつかれたのは、よく考えればあたりまえだけれど、猪瀬直樹の『昭和16年夏の敗戦』に描かれた「日本必敗」の報告を、東條英機も当然ながら目にしていたわけだった。にもかかわらず初戦の勝利に浮かれていた。
 日露戦争が終わった時点で、日本の借金残高は国家予算の377%、約3.8倍になっていた。では、太平洋戦争の戦費はどうだったかというと、以下のサイトによると、国家予算の280倍だったそうである。 

gendai.ismedia.jp

 国家予算の280倍を費やし、徴兵した若者の命を散らし、東インド会社のまねごとを始めたその満州の原っぱに、どんな資源が埋まってたのか聞きたいものだ。ぜひ。