いい意味で、子供向けの冒険小説みたいな映画だけど、実話だっつうから驚く。とはいえ、どんな実話でも、人に話す時には多少の尾ヒレはつくだろうし、むしろ、武勇伝を語るなら、聞き手に対するサービスとしても、面白おかしく脚色するのが礼儀ってもんだ。
こういう武勇伝を語るに足るミッションが実在して本当に良かったと思うべきだろう。わが国に置き換えれば、ノモンハン事件なんて、あの司馬遼太郎が、明治維新の日本史をほぼすべて武勇伝に書き換えた、あの司馬遼太郎が、何年も調査に費やした結果とうとう匙を投げたのだから、どれだけひどかったか。
というわけで、ナチの制海権を支えていたUボートの補給線を断つ、戦況の大転換となるミッションが、実は、たった数名のキャストで遂行された、なんて話は、これぞ映画。ストレスフリー。バカスカ人が死ぬけど全員ナチなんでR指定もない。
これだけナチが殺されまくる映画を観たのは久しぶり。体感では『イングロリアス・バスターズ』を抜いてると思う。
スカッとして気持ちよかったが、ふと、今なら、パレスチナ人がイスラエル人を殺しまくる映画作ったら大ヒットなんじゃないかなあと夢想した。停戦合意した後、結局、またやってるでしょ。イスラエル人って生き延びたナチだからな。
ところで、この主人公ガス・マーチ=フィリップス(ヘンリー・カヴィル)は、ジェームス・ボンドのモデルだそうだ。映画の中で、ガスにライターを取られたイアン・フレミング(フレディ・フォックス)は007の原作者。
イアン・フレミングは軍人から作家になった人だが、意外にも、サマセット・モームみたいな有名作家も第二次大戦中は、諜報員として外地に赴いていたらしい。モームがスパイとは誰も思わないだろうから、英国人の発想は面白い。
それにしても、ガイ・リッチーの映画は味方はほとんど死なないし、主要キャストはケガもしない。んで、まぁそういう方が今はもう受け入れやすい。艱難辛苦を乗り越えて任務を達成するとか、そんな価値観をもうみんな信じてないし、信じたくもないのだと思う。働き方改革でなるべく残業したくないし、勝つ勝負しかしたくない。
ホントは、ほとんど不可能と思われる任務を、平然と、ユーモア混じりでやり遂げるのがジェームス・ボンドなんだろうけど、映画の観客にしてみれば、とはいえ、ジェームス・ボンドは1967年からずっと勝ち続けてるわけで、どうせ成功するんでしょと思いながら見てる。
加えて、ガイ・リッチーとスーパーマンのヘンリー・カヴィルだから。『コードネーム U.N.C.L.E.』のコンビ。あれも日本では0011ナポレオン・ソロとして知られていたテレビシリーズの映画化だった。実は、あれも、アメリカとロシアのはみ出しスパイが、英国諜報部の下で、タッグを組むっていう設定だった。
監督インタビューで語ってるけど、この『アンジェントルマン』で扱ってる作戦が世界初の非合法的なミッションだったろうってこと。
本来はこういうことなんだけどねって言われても、それが後々、モサドだのCIAだのにつながったとなると複雑な気分になる。
ついでに、ガイ・リッチー監督の過去作『ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ』と『コヴェナント/約束の救出』も配信で見た。
『ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ』も人が死にまくるけど、ほとんど落語みたいな見事なオチだった。
『コヴェナント/約束の救出』は、ちょっと毛色が違って味方も死ぬんだけど、ただ、登場人物がひたすら善良なところは共通している。
ただ、史実では、ガス・マーチ=フィリップスは、1942年、つまりこのミッションの同じ年に戦死したそうだ。


