坂元裕二脚本の映画はスクリーンで観るべきなんだろうと思う。描かれているテーマが微細すぎて、小さい画面だと捉えきれない気がする。
坂元裕二脚本は重いものはご存知のようにばか重い。笑えるものは超笑える。坂元裕二でタイムスリップものって場合、どちらなんだろうって迷いがあって初動が遅れた。
『カルテット』と『大豆田とわ子と三人の元夫』の松たか子だから、これは坂元裕二作品の系譜上のどこにあるのか気がつくべきだったかも。
松たか子も47歳だそう。この映画で演じている硯カンナさんが45歳なので、これは松たか子に当てがきしたシナリオだと推測される。45歳の女性が主役のラブコメディを成功させる脚本家ってやっぱなかなかいないと思う。
この春に第4作が公開される『ブリジット・ジョーンズの日記』で四半世紀にわたって主役を務めているレネ・ゼルウィガーほどではないのかもしれないが、松たか子主演の坂本裕二作品はちょっとした「松たか子サーガ」の趣がある。この映画の硯カンナさんを松たか子以外の誰が演じられる?。
予告編を見てると不慮の事故で亡くなったダンナをタイムスリップして救いに行くって話なんだから、もっとベタに泣かしにかかるのかと思っていたし、予告編は実際そんなふうにミスリードしていたのだが、本編はまったく違って、実は主人公とダンナは離婚しているらしく、ダンナ(あるいは元ダンナ)の死にもカンナさんは大して動かされてる気配もないのだ。
この辺のはぐらかし方が実に上手いと思う。タイムスリップのきっかけも焦がしてしまったギョーザをもっかい取り戻せないかなぁってところから始まってる。
ダンナが亡くなってるのにだいぶサバサバしてる。つうか、何ならちょっと怒ってる。そこが自然なのが並大抵の書き手じゃないと思う。
このくらい冷え切った夫婦もめずらしくないにちがいないけど、それをこんな具合にシナリオをドライブしていく原動力にした作品はそんなにないと思う。
だけに、映画館で見ないと、自室で観てると見逃すんじゃないかと思う。鬼面人を驚かすって演出がないかぎり、集中力がもつ自信がない。
それだからこそ実は一度だけしかみせない涙にしみじみとした真実味が乗るのだと思う。男女問わず40代の等身大の悲しみがそこに浮き彫りになる。タイムスリップ、事故など多くの虚構、散りばめられたコミカルなシーンたちの中からこそ、このしみじみとした悲しみが浮かび出るのだと思いました。
塚原あゆ子監督では『ラストマイル』よりこちらの方が好き。
ところで、15歳若返った硯カンナさんの顔は、もしかしたら『アイリッシュマン』で用いられた生成AIの「FLUX」なのかもしれない。そっちの方は一瞬(までいうと言いすぎだが)出てくるだけなので、ちょっと使ってみたかも。年取った吉岡里帆の顔はメイクでいいかもだけど、タイムスリップした先ででくわす若い自分って非現実さとAIで生成されたイメージはふさわしかったかも。

