ショーン・ベイカー初期傑作選から『プリンス・オブ・ブロードウェイ』

 前に書いたとおり、ショーン・ベイカー初期傑作選のうち『テイクアウト』を除く3本は観た。『テイクアウト』を見逃したのは、これも前に書いたとおり『となりの宇宙人』があまりに不入りだったために風邪をひいてしまったから。
 しかし、『となりの宇宙人』に罪はない。冷房を効かせすぎた映画館にも罪はない。あの映画を観に行かなかった映画ファンにも罪はない。あえて言うなら、こんなに暑くなるまで温暖化を放置してきた大人たちに罪があると、グレタ・トゥーンベリが言っている。『テイクアウト』は京都までいかなくても、9月に大阪でやるみたいなので行く予定。
 前に書いたとおり、『フォー・レター・ワーズ』は観なくていいわ。でも、『プリンス・オブ・ブロードウェイ』になると、もうかなりショーン・ベイカーっぽい。
 たとえば、ショーン・ベイカーといえば、iPhoneを使った撮影で有名。この映画でも、もしかしたらそうかなと思える場面もあった。ズームアップというよりピンチオープンじゃないかなと。撮影もショーン・ベイカーになってるからおそらくそうだろう。
 『フォー・レター・ワーズ』の経験が役立ってると思えたのは、この『プリンス・オブ・ブロードウェイ』のセリフは役者と一緒に「練り上げていったものです」という断りが映画の最後に入る。そういうやり方は『フォー・レター・ワーズ』でお試し済みだっただろうが、『プリンス・オブ・ブロードウェイ』が違うのは、ここにははっきりとプロットがある。『フォー・レター・ワーズ』にはなかった。
 『プリンス・オブ・ブロードウェイ』は映画全体が監督のコントロール下におかれていて、プレーヤーは自分たちの仕事に専念できる、今の日本ハムファイターズのチーム状況みたく優勝にもうすぐ手が届くって感じ。
 そして、この『プリンス・オブ・ブロードウェイ』には、ショーン・ベイカーの映画のすべてに出てるかもしれない、カレン・カラグリアンが裏の主役といってもいいぐらい重い役で出ているのも貴重かも。「出てるかもしれない」と言ったのは、私自身がショーン・ベイカーのすべての作品を見ていないからで、情報によると、どうやらすべての作品に出ているらしい。
 カンヌ、アカデミーW受賞の『ANORA アノーラ』にもアノーラの結婚を解消させようとするアルメニア人司祭の役で出ていた。ショーン・ベイカーのインタビューによると、カレン・カラグリアンは1990年にアメリカに来て、その後、ブライトン・ビーチ・アベニューの角でキャビアを売って生活していたそうだ。それがどういうわけでショーン・ベイカーの映画に出ることになったのかよくわからないが、『ANORA アノーラ』の最初の発想はカレン・カラグリアンとの会話の中から生まれたそうだ。
 『プリンス・オブ・ブロードウェイ』では主役の違法移民ラッキーの雇い主の役。雇うと言っても仕事はブランド品のコピー商品の販売。ラッキーもビザのない違法移民の違法就労だが、商売自体も違法。ブロードウェイでキャッチセールスみたいなこと。通りすがりのマダムたちがけっこう買ってる。
 本物じゃないのは承知の上。そりゃ本物をそんな値段で売れるわけないのはわかりきってる。でも、ばれなきゃいいじゃんと思ってるのか、それともブロードウェイで声をかけてきた黒人のキャッチにのこのこ付いていくスリルを味わいたいのか、そういうマダムたちを案内しているときに、元カノが赤ん坊を連れてきて「あなたの子なんだから1週間だけあずかってくれ」と押し付けてゆく。その押し問答を、マダムたちが階段にこしかけてにやにや見てるのがおかしかった。「俺は中出ししてないぞ」とか。
 「俺に全然似てない、黒人ですらない」とか言ってるんだけど、これがどれくらいのジョークなのか、はたまたジョークでないのかよくわからなかった。黒人の赤ちゃんに見えるが、そういわれると確かに少し白いような。
 押し付けていった元カノと母親の会話もよくて、単なるシチュエーションコメディの枠に収まりきらない広がりがある。カレン・カラグリアンの演じる雇い主とその若い奥さんの関係も映画に奥行きを与えていた。

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