松本サリン事件から20年

knockeye2014-09-03

 このブログでも何度も書いてきたことだけれど、個人的には、松本サリン事件のときに、新聞を読むのを辞めた。地方紙と日経netは読んでいるので、正確に言えば、全国紙の一般紙を読むのを辞めたということになるが、松本サリン事件は、ウィキによると、1994年だそうだから、もう20年新聞を読んでいないことになるけれど、それで不都合なことは何もない。
 松本サリン事件は、オウム真理教が、将来のテロに備えて、サリンの実験を試みた事件だと、今では知られているが、事件発生当時は、第一通報者で自身被害者でもある河野義行さんが、長野県警に犯人に仕立て上げられ、マスコミにつるし上げられた。しかも、今に至るまで、新聞社もテレビ局も、河野義行さんに対して、謝罪も補償も一切していないそうである。
 そういうモノに、月々4000円くらいになるのだろうか、年間にすると48000円、20年の累計にすると960000円、新聞を購読している人たちは、せっせと貢いできたわけだけれど、よほどおつむが弱いのか、はらわたが腐ってるのか、特に、朝日新聞という全国紙を購読している人たちは、今回、ずいぶんコケにされたように見えるのだが、それでもまだ700万の購読者がいるというから、ほとんど不気味としかいいようがない。
 「朝日新聞叩き」なんて言葉をみかけたんだけれど、私には、新聞もテレビもまだ抑え気味だと見える。落としどころが見えないなかを手探りでおそるおそる進んでいるという風に見える。
 たとえば、植村記者の義母、梁順仁が慰安婦支援団体の幹部だというのは、心証としてまずすぎる。慰安婦の記事について、捏造疑惑を持たれている記者が、その記事を書く半年前に、慰安婦支援団体の幹部の娘と結婚している。これは、典型的なハニートラップで、ハニートラップの古典みたいなもんだ。この事実だけでたぶんもう充分かもしれない。
 しかし、テレビや新聞は、そこにはふれないようにしているみたい。韓国世論を刺激したくないんだろうと思う。それと、もうひとつは、国内でリべラルを自称してきた人たちに、どういう花道を用意してあげられるかっていう、模索でもある。
 かんがえてみれば、神奈川新聞にあった「強制連行は本質ではない」みたいな議論は、自称リベラルな人たちが自分で用意した逃走経路なんだろう。
 わたしにしてみれば、「強制連行が本質で」なかったんかい!と突っ込みたいところだ。
 そもそも、橋下徹がこの問題を再燃させて以来、何について議論してきたかといえば、「強制連行の有無」についてだったのだ。
 慰安婦の境遇が悲惨であったについて議論の余地があるだろうか。しかし、何度も言うように、それは、戦争という大きな悲劇の一部だったのだし、それについての政治的な、国家間での清算はとっくに済ませた。それとも、済ませない方がよかったのか?。被害者にかわって勝手に被害を清算したことが不服なら、その苦情は、それに同意した韓国政府に言ってくれ。
 それが、90年代になって、とつぜん、慰安婦は別枠だという議論の根拠が「強制連行」なのであって、その「強制連行」の根拠が、虚偽報道と捏造記事だったというのが、今の状況。
 だから、「強制連行」がなければ、「慰安婦問題」は雲散霧消してしまう。
 元慰安婦の方たちに補償し謝罪しようということであれば、多くの日本人は反対しないだろう思う。だからこそ、アジア女性基金に寄付が集まるのだから。
 問題は、韓国の国粋主義者たちが、証拠もないのに「強制連行を認めろ」みたいなことを言い始めるから、それはちがうでしょといってるだけなの。
 しかし、こう書いてくると、朝日新聞のグロテスクさはものすさまじい。どうしてそんな「強制連行」をでっちあげたかったんだろう。
 週刊文春に、1989年に、自分で西表島珊瑚礁に落書きして、ダイビングを楽しんでいる観光客のせいにしようとした当時の朝日新聞の記事が載っていた。
「・・・これは80年代日本人の記念になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の・・・・」
て、自分で傷つけて書いてんの。最後の「・・・・」が寒いよ。
 で、そんなもんをカネ払って読んでる700万人もすごい。変な宗教かよ。
 朝日新聞がなくなったら、政府を批判する新聞がなくなる、みたいなこというひとがいるわけ。だけど、松本サリン事件をみればわかるとおり。実体は、警察のいいなりなわけ。捜査の可視化にも消極的だし、消費税増税には賛成しただろ。
 役人の言いなりで、役人に都合の悪い政治家を批判しているだけのことを、「権力の監視」みたいなこと、よくいうよ。