ジョニー・デップが水俣病を世界に伝えたカメラマンを演じるとは聞いていた。
しかし、そのカメラマンがユージン・スミスだとは知らなかった。
映画の冒頭、《楽園への歩み》が映った時、ものを知らないというのは、なかなか楽しいもので、「まさかユージン・スミスなの?」と衝撃が走った。
ユージン・スミスはもちろん知ってますよ。長年、美術館をうろうろしてるんだから。
でも、ユージン・スミスが水俣に居たの?え?、沖縄にも?、と、こういう驚き方ができるのもものを知らないせいだと思えば、不勉強にもいい面があるわけだ。
「LIFE」の編集長役でビル・ナイが現れたのにもワクワクした。
ビル・ナイが出てくる効果ってのはあると思う。ビル・ナイが「LIFE」の編集長であるかぎりは、あとは安心して日本に飛べばいい。
その後の展開も知らないことばかりで驚いた。
この映画はユージン・スミスの最晩年の伝記としても面白い作りになっている。これはユージン・スミスの再生の物語でもある。
先日に紹介した加藤典洋の『アメリカの影』にも、江藤淳が小島信夫の『抱擁家族』を読んで衝撃を受けていた同じ1966年に、石牟礼道子の『苦海浄土』が書かれていたことは重要だと書かれていた。
石牟礼道子が見つめていた失われていくものを、ユージン・スミスもまた見ていた。 そのことが感動的なのは、そのものがローカルで特異的なものではないと分かるからだ。
ユージン・スミスはその共感に身を委ねることに決めたのであり、その共生によって再生したのだと思う。
ユージン・スミスの撮った水俣の写真には、その共感が映っている。
ユージン・スミスの助手として写真を撮り始めるアイリーンに
「アメリカ先住民たちは写真に撮られると魂を抜かれるとおそれたものだが、写真は、撮る側の生命も削る。そのことを心して撮ってくれ。」
という。
まさにそれが映っている。
これは一枚の写真についての映画でもある。彼らの命を削っているのは、写真を見ている私たちかもしれない。
音楽は坂本龍一。日本側の配役には、真田広之、加瀬亮、浅野忠信、國村隼と、日本にも英語でお芝居ができる役者が増えた。浅野忠信は、今回は英語を話さないけれども。