世代的に核戦争の恐怖が遠のいて、むしろ、現実的な脅威は気候変動の方だというのは、この暑さの中で聞かされれば納得せざるえない。原子力発電がCO2排出を抑制するのは、それこそアイゼンハウワーとかJFKの時代、原子力が夢のエネルギーだった時代の発想だったにはちがいない。
その後のキューバ危機、続く、東西冷戦によって核戦争がひりひりする現実的な危機だった時代(ボブ・ディランをティモシー・シャラメが演じた『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でも、ソ連の原爆を恐れて、ニューヨークから逃げ出そうとする人たちが描かれていた)を知らない世代が、とりあえず原子力発電しかないと思うのは無理もない。
それによく言われる、飛行機は自動車よりはるかに事故のすくない交通手段で、実際に人の命を奪っているのは自動車の方だという論法と同じく、原発の方が火力発電よりはるかに安全だというのも納得できる。
が、2011年に起こった福島原発の事故では、今に至ってなお帰宅困難地域があるわけで、火力発電よりクリーンだって意見には首肯しかねる。
この映画はオリバー・ストーンが主にアメリカ国民に向けて発したメッセージなので、日本の事情に深入りしないのは当然だが、この映画で示されている「福島の原発は設計から間違っていて、事故は人為的なミス」なので、原発はホントは安全だって論法は、日本人にはアイロニカルなものだ。
というのは、気候変動を食い止めるため、とるものとりあえず、また原発にシフトするとしても、その原発を設置、管理するのは人間であるしかない。人為的なミスは逃れられない。「9回に加藤交代させときゃ勝てたのに」は正論としても、現場ではあらゆることがおこりうる。
それに、オリバー・ストーンはドイツの例をあげて原発廃止の失敗をいうわけだけれども、事の成否はともかく、すくなくとも、ドイツ政府とドイツ国民が環境のために取り組んでいる事実だけは疑えない。
日本を振り返ると、まず、電力行政に信頼がおけない。そもそも現に原発事故を起こしているという事実。福島原発だけではなく東海村でも事故を起こしている。そんな先進国ないんですよ。
アメリカでも確かにスリーマイル事故を起こしているが、一瞬で収まっている。多分、日本なら隠蔽されるだろう。一瞬で収まった事故なのに公開される透明性がアメリカにはあったというのが正しいだろう。
オリバー・ストーンがこの映画で、あまりにもさらりと言ってのけているが、福島原発の事故ははっきりと人災なのだ。設計も管理もずさんそのもの。で、許しがたいのはそれをやった人たちで誰か責任をとったか?。
事故が起きるのは百歩譲ってしょうがないとしても、その事故についてだれも責任を取らないなら、それはシステムとして成立していない。
飛行機より自動車の方がはるかに事故率が高いのに、自動車の方が安全だと思われているひとつの理由は、自動車の方が事故が起きたときの責任がはっきりしているという信頼があるからだろう。飛行機事故の補償がいい加減というつもりはない。が、システムとしての社会的な信頼度が高ければ、事故率が高くても安心できるという話。
東電旧経営陣には一審で13兆円の賠償が命ぜられたが、二審で覆されている。つまり、この映画の意図せぬ副産物として、福島原発の事故は人災だったと世界に配信された。にもかかわらず、旧経営陣は1円の負担もなく逃げおおせている。オリバー・ストーンではなくマイケル・ムーアなら、この映画は全く違ったものになったはずだ。
自動車の方が飛行機よりはるかに事故が多いとしても、もし、飛行機事故では何百人死のうが誰も責任とらないのだとしたら、飛行機に乗るのに二の足を踏むのも当然だろう。もちろん、これはたとえにすぎない。
が、福島原発のケースではこれはたとえではない。いまだに帰宅困難地区が残り、受け入れ先のない汚染土がうずたかく積まれている。にもかかわらず、旧経営陣の誰も責任を取らないのが日本の現実であるかぎり、原子力発電は安全だなどというのは寝言でしかない。
もうひとつ、この映画が日本に当てはまらないのは、オリバー・ストーンがあまりにも公正に、さらりと通り過ぎたアイスランドのケース。アイスランドは電力の30%を地熱で賄っている。しかもその地熱発電技術の多くは日本製である。いうまでもなく、日本は地熱エネルギーの宝庫だ。現に、九州や東北では地熱発電が実施されている。
つまり、地震国であるにもかかわらず、ろくに対策もしない原発を作って事故を起こした経営陣は無罪放免で、豊かな地熱の宝庫であるにもかかわらず、それを活用する努力すらせず、「ほら見ろ、ドイツは失敗したぞ」と宣伝する、既得権益者に牛耳られているのが電力行政の実態だということだ。
オリバー・ストーンも、この映画の出演者の多くも、別に原発礼賛者というわけではない。『スタンド・バイ・ミー』の一場面を引用して、線路を歩いていて後ろから列車が来ればとりあえず飛び降りるしかないと言っている。原発が次善の策でしかないことは十分に意識されている。もしくは、エクスキューズが用意されている。気候変動のトレードオフとして原発が提案されているだけだ。
しかも、現行の原発よりも開発中の次世代の原発に夢を託しているという状況のようだ。というのは、原発をいくら増設しようが、グローバルに急増する電力需要に追いつきそうもないからだ。
だとしたら、原発にかぎらず、クリーン火力でも、水素発電でもよかったはずなのだ。だから、まあ、「原発はホントは安全なのに私たちは騙されている!」といった内容にはなっていない。原発に対してやみくもに怖れすぎることについての反省は促せるとは思う。
オリバー・ストーンに関しては、トランプを支持してみたり、プーチンにインタビューしてみたり、予断のない態度で事に当たるのは素晴らしいと思う。
ロシアとアメリカ合衆国が和解できればそれは素晴らしいことだったに違いない。しかし、現実はアメリカの巨大な軍需産業がそれを許さなかった。ロシアのウクライナ侵攻の根底にある、プーチンのNATO拡大に対する不安も根拠のないことではなかった。プーチンはアメリカの政府よりも軍需産業とどう折り合いをつけるかを考えるべきだったのだろうと思う。

